Suigara-yama_OoazaHyo(Kyoko_Umino)

2019-08-05

ちかしいもの、よそよそしいもの─朝顔、サギ草、港区郷土歴史館

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 うちのベランダで、五月に種を蒔いた朝顔たちが、今を盛りと花を咲かせているのがうれしい。
 青、空色、濃い赤、団十郎に近い茶色がかった桃色。それにしても暑い。やっと夏だ…。朝顔たちは、水を特に欲するようなので、朝晩二回、水やりをしている。こうやって季節とふれあっているのだなあとぼんやりと思う。
 
 お隣の家の飼い猫なのだろう。六月下旬から、マンションの駐輪場で、親子の猫をよく見かける。七月終わり、八月に入り、だいぶ子猫も足腰がしっかりしてきた。

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 金曜日に、港区立郷土歴史館にいってきた。先日訪れた水子貝塚公園史料館にチラシがあったのだ。「港区と考古学」という特別展を開催中とのことだった(七月二〇日─九月二三日)。

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 わたしは以前港区に住んでいたことがあった。もう二十年ぐらい前。郷土歴史館のある白金台といえば、自然教育園という公園に、自転車で毎週末のように出かけていた、なじみのある場所だった。そしてかつて住んでいたところの考古学、とくに貝塚などがあるとのことで、行ってみたくなったのだった。わたしがかつていたところは、どんな場所だったのだろう。
 ただ、港区郷土歴史館、あのあたりの土地勘はあるはずなのだが、地図でみても、いまいちピンとこなかった。訪れてみて納得した。元は公衆衛生院だった建物を複合施設として保存活用していて、郷土歴史館は、その中の一つとして、二〇一八年十一月にオープンしたばかりの、比較的最近の施設だったのだ。
 その多少の古い土地勘のため、普段と違ってほとんど予備知識なく出かけたので、白金台の駅に降りて、ずいぶんと立派な、かなり大きい建物がそびえ立っていて、その姿にまず驚いてしまった。今まで訪れた郷土歴史館、郷土資料館的な施設は、もうすこし地味か、奥ゆかしいものだった。入館料も無料だったり、せいぜい二〇〇円ぐらい、総じて敷居が低い感じがした。だが、眼前にある建物は荘厳で、派手で、建物見学は無料だけれど、常設+企画展は値段が高く(常設三〇〇円、企画展四〇〇円、セット券六〇〇円)、その値段に、外観からして、なんとなく納得した。

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 企画展も常設展も、自動改札みたいに、QRコードで出入りする。そして展覧会は……個人的にはいまいちだった。考古学なのに、紙資料の展示が多く、発掘されたものの展示がすくない。なのでイメージがわかない。
 常設展も、タブレットを駆使したりして、それが今風だったが、どこかよそよそしい。港区には、伊皿子貝塚など遺跡も多く、その貝層や、発掘された土器片などもあったのだが……。ただ、常設展の解説で、港区は小さな起伏が多く、高台が拡がっているという場所がなかったので、大規模な縄文集落が存在しにくかったとあったことには合点がいった。わたしがかつて住んでいたのは坂下だったが、とにかく坂が多いところだった。どこにゆくにも坂を越える。降りて、登って。きつい坂はつきものだった。起伏の多さ、そのことにだけ、かつてとのつらなりを感じた。
 また、企画展はともかく、常設も写真撮影禁止というのも、残念だった。
 ただ、無料のコミュニケーションルームだけは写真撮影も可で、鯨の骨格標本や、縄文土器、やじりなどにふれることができるという。
 そちらにいったが、もうしわけないが、スタッフの方が多すぎた。いちいち、さわりませんか、浮世絵をごらんになりませんかと、声をかけてくるのに、少々辟易した。といっても、縄文土器や、貝層、黒曜石などにはさわったのだけれど。

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 わたしが古い人間ということなのだが、郷土資料館的なところに、あまりデジタルを駆使してほしくない、不似合いな気がした。だいいち、タッチパネル、さわっても、紙でも十分なことしか表示されていなかったし。デジタルでかつてのなにかを再現したり、そうしたことは、必要だと思うのだけれど。
 せっかくのひさしぶりの港区だったのに、あちこち、よそよそしいなあと思いつつ、館内をあとにした。同じ歴史的建物でも、近くの庭園美術館のほうがやさしい。
 その隣の敷地の自然教育園に足を運ぼうかと思ったけれど、閉館が四時半で、あと四〇分ぐらいしかない。敷地内は広いので、入るには微妙な時間だったから、あきらめ、別の用事のため、白金台から都営三田線で田町駅(三田駅)に向かった。
 田町のあたりは、港区に住んでいたときも、あまり訪れたことがない。白金台はそれでも、前述の庭園美術館などに、越してからも足を運んでいたが、田町はもうずいぶん長いこと行ったことが無かったから、駅に着いて、街の景の、かつてとの違いにびっくりした。浦島太郎状態といえばいいのか。まるで、面影がない。当時は、高い建物もあまりなく、都内にしては、地味な親しみやすい場所だったが、きれいになっていて、画一化されて、ビジネス街といった感じだろうか。地図を見るともうすこしゆけば運河だった。そちらまでゆけば面影を感じることができるかしらと思ったが、暑かったし、ここにくるまで、だいぶ歩いていたので、気力がなかった。
 用事をすませ、家人と待ち合わせして、田町駅前で飲食した。夜になって田町の裏どおりをすこし歩く。この感じは、同じだなあと、すこし面影を見いだした。息づくなにか、変わらないもの。
 次の日の土曜、うちの近所のお寺の前を通りかかったら、「今年も世田谷区の花、サギ草が咲きました」と看板があった。毎年境内で、咲いたサギ草の鉢植えを展示公開してくれているらしい。そのことを去年知って、今年はまだかしらと、実は心待ちにしていたのだった。
 たかだか一年前のことなのに、もう咲く時期を忘れてしまっていた。なんとなくせたがやホタル祭りとサギ草市が開催される七月中旬が開花時期だと、勝手に勘違いしてしまっていて。
 去年の日記を調べたら、ちょうど八月の同じ日に、サギ草のことを書いていたのがおかしかった。
 辺りはうんざりするほど暑かったが、サギ草を眺めているとき、暑さを完全に忘れていた。時間にして五分十分だったが、ずいぶん長い逢瀬だった。涼やかに飛びたつように小さなサギたちが咲いていた。カメラに収めようとすると、ほんの少しの風でも、羽たちが動くので、ぶれてしまう。そのぶれてしまうことが、かえって、鳥のはばたきのようで、いとしかった。
 同じ土曜日の朝、無人販売の枝付き枝豆を購入した。枝付きどころか根付き…。もうだいぶ枝豆の色が悪くなっている。この夏もだいぶ枝豆を購入して、おいしく頂いたが、もうそろそろ終わりだろうか、夏らしい、いや、暑すぎる夏が来たばかりだというのに。
 セミがマンションの渡り廊下で仰向けになって、動かなくなっていた。また緑深い崖の下の交差点で、比較的大きな雌のカブトムシが動かなくなっているのも見つけた。
 死んだのちに、存在を知るなんてと、そのことを残念に思う。カブトムシは、クヌギやコナラのあるあの森で育ったのだろう。
 わたしは、今の生活に、こんなふうに、親しんでいるのだなと思う。かつてもきっと、あの場所で、そうだったのだろう。よそよそしくなったのは、わたしのほうなのだ。

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posted at 00:01:00 on 2019-08-05 by umikyon - Category: General

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