Suigara-yama_OoazaHyo(Kyoko_Umino)

2019-12-20

名にし負はば…鳥たちの声が冬を

 十二月。植物たちは、もうほとんど眠りにはいってしまった。静けさが冷たい空気のなか、満ちている。もうほとんど、紅葉という植物たちの冬のイベントもおわってしまった。だが、落ちた葉たちがかさこそと、たまに足の裏で、ここちよい。そうして、鳥たちがにぎやかだ。

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 バイトの途中、うちの近くの川…野川の上空で、鷹が飛翔しているのをみた。滑翔という飛び方…、グライディング、羽ばたかずに風に乗ってすべるような。最初、作り物なのかと思った。ラジコングライダーとか、その手のもの。だが、そう思ったのも一瞬だった。美しく、羽を広げたまま、割と近い空を滑っている、その姿にみとれるうち、豊かな、なまなましい生を感じたのだ。
 それは鷹の仲間のようだった。けれども、わたしが海などで出合うトビではなかった。彼らとは色が違った。飛ぶ姿を、その色を、眼にやきつける。見とれていたこと、その瞬間を大事にしたいと思ったこと、そしてたぶんカメラなどにおさめる時間がないことに感づいていたのだ。案の定、すぐに岸辺の木々の中に消えてしまった。家に帰って調べる。おそらくオオタカのようだ。お腹が白く、頭や背や翼の上面が黒っぽい。この黒っぽいと感じた色は、青みがかった灰色だそうで、それが、「蒼鷹(アオタカ)」、オオタカの名の由来となったとか。蒼を帯びた鷹……。オオタカはもっと山のほうで生息するのだと思っていたが、近年、秋冬は特に、こんな低地の都市部に現われるようになったのだという。この野川の周辺は国分寺崖線などもあり、特に緑が深い。
 そのことに関して、いろいろ問題はあるのかもしれない。オオタカの生息環境の変化と自然破壊についてなど。けれども、蒼鷹、水辺での滑翔。好きな水のちかくで出合えたことに感謝した。


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 そして、おなじ野川、ほぼおなじ場所で。やはりバイトの途中、欄干にたくさんの鳥が止まっているのをみた。めずらしそうに何人か、手持ちのスマホなどで写真を撮っている、電気工事や、測量などに従事しているのだと思う、青っぽい制服や、ベージュの作業着を着た数人。こちらも仕事の途中だったから、彼らに親近感をいだいた。川は都区内にしては水が澄んでいる。
 なんの鳥だろう。ユリカモメに似ているなと思う。でも、こんな内陸にいるだろうか。橋を人が通るたびに、バサバサといったん離れ、空に舞い、川面へむかう。だが、すぐにまた欄干にもどってくる。
 わたしも彼らのように写真を撮った。今度はオオタカと違い、多分、刹那ではない、ある種の余裕を感じたのだ。彼らは写真を撮っているあいだも、そこにいてくれた。家に帰って調べる。白い鳥、眼がくっきり。そしてくちばしと脚に特徴が。やはりユリカモメだった。冬鳥として、カモメの仲間のなかでは、いちばん内陸までやってくるとか。古名が載っている。ああ、都鳥だったのだ。

  「白き鳥の、嘴と脚と赤き、鴫の大きさなる、水の上にあそびつつ魚を食ふ。京には見えぬ鳥なれば、みな人見知らず、渡守に問ひければ、「これなむ都鳥」と言ひけるを聞きて」(『伊勢物語』第九段)。

 わたしは高校生の頃から、『伊勢物語』が好きだった。だが都鳥というのは、なぜか物語のなかの鳥だとずっと思っていた。白くて、赤い、あの子たちの特徴が、そこには書いてあったというのに。

 「名にし負はばいざ言問はむ都鳥わが思ふ人はありやなしやと」。

 こんなふうに、ばらばらだった名前と姿が一致すると、いつもいとしい。そのときから、それはわたしにとって存在をはじめるから。こんどからは、くちばしと脚の赤き、白き鳥をみるたび、都鳥をふくんだユリカモメとして、わたしの上であそぶだろう。

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 ユリカモメ=都鳥をみた川は野川だが、もう少し下流にゆくと、多摩川に合流する。その多摩川ですこし前に、やはり群れをなした白い鳥をみたことがあった。あれも都鳥だったのだ。川がつながるように、白き鳥たちも名前でかさなる。
 そして、この野川の、橋の名前は雁追い橋という。なぜ雁と名前がついているのだろう、わからないが、以前から名前にひかれている橋だった。この橋の近くで、雁が渡る姿が見られたのだろうか。今は鴨類が飛んでいるのを見ることができる。
 そうして、都鳥たち。そういえば、『伊勢物語』当時の都の「京には見えぬ鳥」なのに、武蔵の国辺りで都鳥といったのは、なぜだったのだろう。まばゆいばかりの白さを、都へむかうにふさわしいと思ったのだろうか。いまは京都ではない、東京都の鳥というのも、すこしおかしい。

 東京湾岸を走る新交通のゆりかもめ。以前、港区に住んでいたことがあり、その時に、あの界隈に、よく自転車などで赴いたことがあった。海が見たかったのだ。その海や運河では、ユリカモメたちをよく見かけたものだった。その時は、だから都の鳥なのだと解釈していた。ゆりかもめが走っている。まさか「これなむ都鳥」と結びつくとは。物語と現実、鳥たちの名前に、川が、水がそそぐ。

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 またある日。今度は野川のおとなりの仙川にて。仙川は小金井のあたりから流れてきて、最後に野川に合流する。こちらは野川のような自然にちかい感じの護岸がされていない、コンクリート護岸で、すこし悲しい川だが、長い年月の間に、中州などができ、鳥たちが来やすい環境になっていったのかもしれない。冬などは意外と鴨の類いが多く見られる。

 ある原稿を書くために、そのあたりを調べるように岸辺を自転車で回った。世田谷区の祖師谷から成城一丁目にかけて。桜の時期は、両岸からしだれるように咲く桜たちの数多で、幻想的なぐらい、絢爛とした見事さに包まれ、悲しい川のイメージは一掃されるが、この冬の景色も、多い鳥、成城大学の池なども岸辺から見ることができて、意外と楽しい。夕景が川に映り始めたのに出合えたのもうれしかった。日が短いので、さっきまで午後だと思っていたら、もう夕方。水面が夕景に染まる。


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 そうこうしているうちにもはや年末の声が聞こえてくるようになった。バイトがそのせいで忙しいというのに、まだ実感がわかない。
 そういえば花が少なくなり、陽射しに力がなくなる冬は苦手で、いつも冬になると落ち込み、塞ぎがちになるのけれど、ことしは比較的症状が軽い。花のかわりに鳥たちが、あちこちでささやいてくれているからだろうか。


posted at 00:01:00 on 2019-12-20 by umikyon - Category: General

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