Suigara-yama_OoazaHyo(Kyoko_Umino)

2020-02-10

縄文と池、神社、思いたちが交錯する大宮公園(縄文時代のたべもの事情展)

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 去年の暮れ、偶然、インターネットで埼玉県立歴史と民俗の博物館で「縄文時代のたべもの事情」(2020年1月2日─2月16日)という企画展があると知った。
 埼玉のどこにあるのだろう。知らない博物館だ。さらに調べるとさいたま市の大宮公園内にあるという。縄文時代に興味があるのはもちろんだが、博物館のある場所にも思いいれがあったから、展覧会が始まったら、2020年になったら、絶対に行こうと心に決めたのだった。
 実際に出かけたのは、1月19日の日曜日。こうした場所に出かけるのは、基本土曜日なのだが、土曜日は雪がちらついていた。車で出かけるのだが、雪対策をしていない車なので、晴れるという日曜日に出かけたのだった。

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 大宮公園は埼玉に住んでいた頃、よく出かけた公園だ。池のほとりのベンチに座って、ぼうっとしていたものだった。景色を眺めたり、読書をしたり、創作メモを取ったり。なにか当時のわたしにとって、屋外の図書館といった場所だった。
 家からさほど近いわけではなかった。バスに揺られて、さらにそこから電車で数駅。距離にして十数キロ(乗り継ぎなどの不便さから、当時はもっと離れていると思っていた)。決して行きやすいところではなかったのに、毎週のように出かけていた。当時のわたしにとって必要な空間だった。
 博物館はその頃は埼玉県立博物館としてあったようだが、うっすらとしか記憶がない。となりに弓道場があった。そのほうは覚えている。公園の入口にはいって割とすぐにある。当時は駅から歩きだったのと、まわりの景色がずいぶん変わっていたこともあったが、それで当時と同じ入口から入ってきたのだとようやく気づく。
 弓道場で、老若男女さまざまな方たちが後ろで順番を待っていた。中央に二人。それぞれ弓を引いて、遠い的に向けて矢を放つ。その動作が緩慢で、能かなにかの所作をみるようだった。「弓道」の「道」という字に思いを馳せる。
 弓道場を過ぎると池がある。まさかまた訪れることになろうとは……。ちらっと池面を確認し、そちらは後で行くことにして、博物館へ。
 博物館の敷地内に、いきなり弥生時代の竪穴式住居跡が復元されているのを見て、これも驚いた。一見縄文時代のものに似ているが、屋根の上に「破風板」と呼ばれるものがあるのが決定的に違う。これは三世紀ごろのもの。
 案内板によると博物館の周辺は「県指定史跡 大宮公園内遺跡」があり、縄文時代と弥生時代の住居跡が発見されているそうだ。
 わたしが好んで訪れていた場所が縄文時代の遺跡だった……、こうしたことはあちこちでよくある。もっと前に気づいていればと少し思うが、遅くなっても知ることが出来てよかったと思う。

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 展覧会のチラシから。
「 今から何千年もむかし、縄文時代の日本列島には、土器を使い、竪穴住居に住み、狩猟や採集をなりわにとする人たちが暮らしていました。ながい氷期が終わりをつげ、気候が温暖になってゆき、人々は豊かな自然からより多様なたべものを得ることが可能になったと考えられています。
 展覧会では、このような縄文時代のたべものに注目します。埼玉県内の遺跡から出土する貝や魚骨、獣骨、またクルミやトチノキなどの木の実など、人々が食べていたものを紹介します。さらに、近年明らかになってきた「栽培」に関する最新研究にも迫りつつ、縄文人と自然との関わり合いについて考えます。」

 埼玉のなかでも、小学生から高校ぐらいまで、わたしが住んでいたあたりは、縄文早期〜前期の頃は海だったようだ。その具体的なことは知らないが、小学生のころに授業でこのあたりが海だったと聞いて感慨深く思ったことは以前にもここで書いた。
 たとえば、隣接した富士見市にある水子貝塚は約5500〜6500年前を代表する遺跡だそうなので、その頃はまわりは海だったのだ。
 今回の展覧会でもらったリーフレットには、縄文早期後半(約8000年前)に海面が上昇し、縄文時代前期(約7000年前)に最高位に水位が上昇、縄文時代後期(約4500年前)には土砂が堆積し、海が後退、晩期(約3000年前)には海退がすすみ、埼玉県域ではあまり貝塚が形成されなくなったとある。
 なので食べ物の展示としては貝塚出土のものが目についた。貝に魚の骨に、鹿角で作った釣針、貝の装飾品。
 そして海を経由したであろう、糸魚川の翡翠や神津島の黒曜石。
 陸のほう、縄文の森に目をむけると、クルミやトチなどを食べていたことを示す「クルミ塚」「トチ塚」への言及があった。さらにダイズやアズキ。この二つは元々は野生のものを食べていたが、縄文中期になると、大型になったから、栽培したのではとのことだった。
 そして縄文の動物たち。土器や土製品に表わされた動物の多くはイノシシ。食べられていた骨としてはイノシシとシカが多いのだが、作られたのは圧倒的にイノシシなのだとか。土器、土製品で見られるものは、ほかにサル、クマ、イヌなど。またクリやクルミなどの植物、巻貝などの貝類も。富士見市の羽沢遺跡では、動物の装飾のついた土器が多く見つかっている。そのなかの獣面装飾付土器は興味深い。以前水子貝塚で見たものがここにもあった。「県の指定有形文化財になっている、羽沢遺跡出土の中期(約4500年前)のもの。これは愛称がムササビ土器という。口縁部のおそらく前面に動物の顔、後ろに尾っぽのようなものが施されている。ムササビと名前が付いているが、おそらく顔は猪で、尾っぽのように見えるところは、人間の眼なのではとのこと。猪と人間が向かい合っている……」(2019年7月30日)。そんなふうに、以前のわたしが書いていた。この企画展には、もうひとつ、西原大塚遺跡出土の「人面蛇装飾付土器」というものがあった。こちらのほうがより人間と獣(蛇)が向き合っている感じが強かった。眼と眼が視線を交わしている。食べること、食べられること、足のあるもの、地を這うもの、自然と向き合う人々、夜と昼、善と悪、生と死。これらたちが向き合った形のひとつが土器や土偶なのではなかったかと、どこかでいつも、感じている……ということを、こんな土器をみると再確認する。

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(写真は水子貝塚資料館にて)

 つぎに常設へ。企画展内は写真撮影が出来なかったが、こちらは写真撮影可。土偶たちに心ひかれた。

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 そして博物館を出て大宮公園の池のほうへ。最後に来たのはいつだったか。二十五年以上前だろう。当時は対岸から池を眺めていたっけ……なぜだかすぐに理由がわかった。今歩いているこちら側にはベンチがあまりない。あっても池から小道一本はさんだところに設置されている。けれども対岸のベンチはすぐ池に面したところにあり、より池に近しい感じがする。理由がわかり、今でも座るならあちらだと思っている自分に気づき、すこしおかしくなる。
 池の岸にスダジイが生えていた。縄文時代の人々が好んで食べていたドングリがなる木でもあり、五月頃に咲く花の匂いが性を帯びて、なかなか刺激的で印象深い木だ。ああ、スダ爺さんだなと、こっそり親しみを感じている。またここでも会えるなんて。
 池にはうちの近くでもよく見かけるカルガモや、上野の不忍池で見かけた黒と白のまじった少し小柄なキンクロハジロのほかに、見慣れない、知らない鴨が眼についた。名前がわからないといつもすこしざわつく。名前を知りたい。そう思いながら池のほとりを進むと、「ボート池の鳥たち」という案内板があり、そこに「オナガガモ」とあった。オナガガモというのか。尾も長いのかもしれないが、カルガモなどより少し大きく、細身というか、シュッとしている。案内板をみたあと、池の彼らをみて、もうほとんど歌うようにして、「オナガガモ、オナガガモ」と、名前をくりかえし、かみしめていた。そうすることで、彼らの名前を覚えようと、いや、かれらと大宮公園との再会の記念を、その言葉、名前に込めようと。

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 池を半周した端には、運動施設やら競輪場、隣接して小さな遊園地と小動物園がある。このあたりはかつて好んで池のほとりで憩っていた頃には実はほとんど知らない場所だった。知ったのは最後のほう、もしかして一番最後に訪れた時ではなかったか。小動物園にだけ入った。その時、わたしは一人ではなかった。憩っていた時はいつも一人で訪れていたのだが。誰と来たのか記憶が曖昧だ。時系列的に考えるとその頃に付き合っていた人なのだろうけれど。
 けれども小動物園のことは比較的覚えていた。なので今回、ぜひ入ってみたくなったのだった。わたしが最後に訪れた時よりも動物たちが増えているような気がした。まずカピバラ。出迎えるような感じで最初に会えたことにすこし驚く。リスにフクロウ、サル、ヤマネコ、ハイエナにヤギ。バードケージのなかは入れるようになっていた。フラミンゴ、クジャクがいる中を、雁の仲間が歩いていた。この動物園ではなかったかもしれない、公園内の別の場所、白鳥池のほうだったか、雁の仲間のガチョウたちを見たことがあったっけと思い出す。

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 大宮公園はもともとは大宮氷川神社の敷地だったらしい。今も隣接する形で氷川神社がある。今一緒に来ている連れ合いの、もうとっくに成人している子どもたちはかつてそこで七五三のお参りをしたそうだ。その頃にもしかすると、この小動物園や遊園地で遊んだのかもしれないといっていた。ちなみに氷川神社。大宮のここには来たことがないが、子どものころの初詣の神社は別の場所にある氷川神社で、さらに今住んでいる家から歩いていけるほど近い、初詣の神社も氷川神社だ。
 信仰心があるわけではないが、こうした言葉たち、場所たちが交錯する、交差するそのことが、とても愛しい。大宮公園、池、オナガガモ、氷川神社、スダジイ。この日は晴れていてよかった。土曜日、雪まじりの寒さのなかでは、博物館以外のこうした散策は難しかっただろう。池のまわりはそういえばソメイヨシノほかシダレザクラなどの桜が咲いて、桜の名所となっていたっけ…。そう、まだかたい花芽のソメイヨシノの樹をみて思い出した。思いたちがおちこちで交錯する。

posted at 00:01:00 on 2020-02-10 by umikyon - Category: General

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