Suigara-yama_OoazaHyo(Kyoko_Umino)

2020-02-20

春に、やさしい感触たちをいただく─あつぎ郷土博物館(縄文ムラ 発見)

 ここ数日、暖かだったからだろうか。あちこちで梅の満開に出会う。足元では、ホトケノザたち、タンポポ、ヒメオドリコソウ。
 沈丁花がほんの少し咲いているのを見つけた。思わず顔を近づける。あの、懐かしいような、一年ぶりのあまい香り。まだ大半はツボミで、少ししか咲いていないので、そんなふうにかなり花に接近しないと香りがわからない。満開になると、姿が見えなくてもあたりを香りでつつむようになり、その存在を、春の訪れを教えてくれるのだけれど。そう、香りのほうが花を見つけるよりも先にわたしに近づいてきてくれるのだった。
 そんなとき、いつもキンモクセイみたいだなと思うことを思い出した。キンモクセイも、姿をみせるより先に、どこからか香りがただよってくるから。ちなみに秋十月頃、キンモクセイの咲く頃になると、沈丁花もそうだったなあと思うのだったっけ……。この無限ループの花の香りたちが愛しい。
 二月も半ばをすぎると、もう寒いとはいえ、なるほど立春も過ぎたし、春なのだ。

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 そんな時に、終わってしまった催しのことを書くのは気がひけるが、やさしい出合いだったので書いてみたい。
 厚木市のあつぎ郷土博物館で「縄文ムラ 発見─三田林根遺跡の調査から─」(2020年1月18日─2月11日)という企画展があることを知った、というか連れ合いに教えてもらった。それが会期終了間近だったので急いでゆく。あつぎ郷土博物館というのは、展覧会図録によると、2019年1月27日開館で、一周年記念の企画展だそうだ。
 家からだとおとなりの県、神奈川にある。なんとなく近いのかしらと車で出かけた。40数キロ、道が混んでいることもあって、片道二時間ぐらいかかった。おなじ神奈川の三浦半島、横須賀の海のほうは、高速を使うということもあるのだが、家から一時間ぐらいで行ける。距離は60〜70キロぐらいだろう。海のほうが近く感じられることが不思議だった。

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 企画展は、あまり宣伝をしていない印象。三田市三田小学校グランド整備のきっかけに発掘が行われた三田林根遺跡(さんだはやしねいせき)は、縄文時代中期(4500年前)の大規模なムラ遺跡。2015─2019年にかけ、二回に渡った調査の成果を紹介する展覧会。竪穴住居跡14軒、土孔311基、縄文土器、石器などが見つかった、環状集落跡。環状集落とは、中心に広場や墓を取り囲むように住宅を建てたもの。
 目玉は糸魚川産の翡翠と、人の顔が意匠になっている土器の把手(人面把手)。ちなみにこの二つ、ステッカーになっていて、企画展入口にあるワークシートに答えると、もらえるというので、やってみた。

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 遺跡から出土した石器のうち、一番多かったものは打製石斧、木の実などをすりつぶすために使われた道具は、石皿・磨石・敲石とか。
 ワークシートをにらみながら企画展会場を回ったので、最初はなにか本末転倒な感じがした。答えを記入するために展覧会を見ているような……。けれども回答し終わって、改めて企画展をみて、少しだけ概要を知ることができ、企画展がより近しいものとなった気がした。
 解説にあったが、このあたりの縄文土器は、関東地方を中心に分布する加曽利E式土器(千葉県の加曽利貝塚のものが標式土器)、中部高地中心の曽利式土器(長野県諏訪市の曽利遺跡)、関東南西部の連狐文土器の分布に重なっていることから、それぞれの土器が混ざって出土したり、加曽利E式に曽利式の地紋が取り入れられたりと、交流などもうかがわれて興味深いものだそうだ。個人的には、加曽利貝塚は実際に出かけていて好きな遺跡だし、曽利式土器系列の山梨のもの、長野のものも、近くを訪れたり、形も装飾的で好きなものが多い。おおざっぱな感想だが、確かに長野や山梨の土器や土偶に感じたものを、ここで共通項として見いだしたので、それが心地よかった。
 
 企画展の展示から常設展(基本展示室)へ。
 「有孔鍔付土器」「顔面把手土器」の顔が、土偶のそれと共通して、心にひびく。それは先の企画展でも感じた、山梨あたりのものに共通する顔だった。この顔が、何千年前のかつてから、今まであることに静かな驚愕を感じる。

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 いきなり常設の縄文時代のことを書いたが、ここは「あつぎの風土、古来からの大地の形成」「考古・狩猟採集の時代から古墳時代までのあつぎ」「古代から現代のあつぎ」「あつぎの生物たち」「民俗・伝統芸能、道具」の五つからなる総合的な展示となっている。
 石器にさわれるコーナーもあり、興味深かった。そっとさわる、なでてみる。打製石斧は土を掘るための道具だったそうで、思ったよりも鋭利ではない。木の実などを磨りつぶす石皿や磨石には、蕎麦の実をひくときの石臼の感触を想起した。そうして、手触りから今にいたる時を感じるのだった。

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 エントランスホールの隅で、縄文展に関係した塗り絵や絵ハガキづくりができるコーナーがあった。絵ハガキには常設にあった目玉的な土器「有孔鍔付土器」の輪郭があらかじめ印刷されており、そこに様々な模様のスタンプを押してオリジナルのものをつくるというもの。
 ちなみにこの土器。壺形で、土器の中央に人が手を拡げたような人物の半身、左右に蛇のような装飾。蛇と人物がモチーフになっている、どこか両義的なもので、惹かれる形式のものだ。絵ハガキが売っていたので購入する。勝坂式土器、林王子遺跡出土の縄文時代中期のもので、太鼓説、酒道具説があるが用途は不明とあった。
 最初にも書いたが思っていたよりもここにくるまでの道のりが長かったので、もうあまり閉園まで時間がなかった。体験教室では、縄文土器の破片に紙をあてて、色鉛筆やクレヨンでこする、あれはフロッタージュという技法だが、あの場所ではなんといっていただろうか。覚えていない。ともかく土器片が置いてあり、それらで紙に写しとる作業を体験している人が数人いた。紙は持ち帰ってよくて、有料で缶バッチにもしてくれるそうだ。この土器たちの文様を紙に写して、それを持ち帰る……。お土産としてとても惹かれたが、時間的に余裕がなかった。土器片に触れるだけでしまいにする。このざらざらとした質感を、記憶すること。
 はじめて訪れた場所だが、素朴な真面目な雰囲気で居心地がよかった。展覧会の概要が載った図録も無料で頂けた。中津川の岸辺だが、相模川もすぐ近くを流れている。水量が比較的多く、澄んだ水だった。相模川を越すと座間市になる。以前、ヒマワリ畑を観に来たことがあったところだ。こんなふうに何かたちがつらなってゆく。
 家にある、以前求めた縄文土器片たちに久しぶりに触ってみようかと思った。車での帰り道、早朝バイトをしてきてのことでもあったので、眠ってしまった。そうしたらあたりはすっかり夜になっていた。眼を覚ますと、飛び込んできたのは相模川ではなく、家から割と近くの多摩川だった。灯が水ににじんでいる。
 曇り空のまたある日。ほぼ満開の梅たちを見た。曇った空に白い梅はよく似合うと思っう。梅の白さが雲の白さに重なってゆく。どこまでも梅のように、あたりがおぼろになってゆく。春はもうそこここに来ているのだった。

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posted at 00:01:00 on 2020-02-20 by umikyon - Category: General

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