Minami-hatoba_1(Shirouyasu_Suzuki)

2005-11-07

高啓さんと米沢の「置賜文化ホール」などを巡って蕎麦を食べる。

 6日の朝は山形ワシントンホテルの856号室で目覚めて、8時過ぎにバイキングの朝食。山形ドキュメンタリー映画祭で来たときと同じテーブル。10時にチェックアウトして、迎えに来てくれた高啓さんの車に乗って、高さんの案内で米沢の、昨夜話しに出た、動く能舞台のある「置賜文化ホール」に行く。途中、高さんが農林部にいたとき山形産の新種のイチゴ「乙女ごころ」の命名者となった話しを聞く。「置賜文化ホール」は建設を担当した高さんが言う通り、正面から入ると能舞台が飾られている。それが、能が演じられるとき、ホバークラフト式に空気の圧力で浮き上がり、橋ががりが付いたまま、自動的に後ろに下がってホールの中に動いて入って行って、ホールが能楽堂に変貌するのだそうだ。高さんがその動き方を説明してくれた。そのホールの建設に県職員として関わった苦労話で、米沢というところの「上杉藩」としての誇り高く独立した気風というのが話題になった。というわけで、隣にある、今は料亭になっている「上杉家」の屋敷と、上杉謙信が祀られている上杉神社とを巡った。それから「粉屋小次郎」という蕎麦屋に行って、わたしは松茸蕎麦を食べる。その辺りがお祭りで、蕎麦屋に入ろうとするとき、入り口の前の道ばたで、若い女の子たちが野外ダンスをやっていて、その一人がコンタクトレンズを落としたとダンスを中断してみんなで探していた。蕎麦屋から「上杉家廟所」を回り米沢駅に行き、近くの喫茶店でトイレに行き、コーヒーを飲んだ。3時9分の「つばさ118号」に乗って東京へ。高啓さんはホームで見送ってくれた。昨日の3時から今日の3時までの12時間余りの詩集『母を消す日』とその作者を巡っての話し合いはそこで終わった。帰りの車中、右側の窓から、だんだんと暮れて夜になる車窓風景を眺めていた。郡山過ぎて雨になった。東京駅から新宿に行って、小田急地下でトマトと林檎を買い、夕食用にヒレカツとコロッケとキノコおこわと栗おこわとを買って、雨の中タクシーで帰宅。麻理が帰ってなかったので、ねぎのみそ汁を作って、一人でヒレカツとおこわで夕食。その後、昨日の夕刊と今日の朝刊を読んで、寝室のベッドに寝ころんでHNK大河ドラマ「義経」を見る。それから、仕事場に下りて、NeucleusBlogの文字化けが直っているのを確認して、昨日の「灰皿町blog日記」を書いてアップした。そして、居間に行って、林檎、あんこ菓子、煎餅、牛乳。また仕事場に戻って、今日の「灰皿町blog日記」を書く。

posted at 01:05:57 on 2005-11-07 by shirouyasu - Category: General

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