Minami-hatoba_1(Shirouyasu_Suzuki)

2011-04-02

「現代詩手帖」2011年1月号の「現代日本詩集2011」の詩の解題

 2011年、つまり今年の1月から3月にかけて、「現代詩手帖」1月号の「現代日本詩集2011」の詩を全部読んでその解題を書いて、連日「twitter」に一つずつ掲載した。現在書かれている詩がどういうものか、一つ一つ確かめてみたかった。

「現代日本詩集2011」に作品を発表しているは90歳代から20歳代の詩人を代表している51人だが、詩を書く人は日本全国ではおよそ1万人ぐらいかもっと多いのではないと想像する。多くの人が「詩」を言葉を書くための「器」とか「乗り物」とかにしているように思える。詩って何だろうと思う。
2011-3-21-18:21

「現代詩手帖」1月号の「現代日本詩集2011」の49作品を読んで解題を試みたが、詩人達は言葉の出し方やその出方に力を注いでいるようだが、それぞれの詩の言葉の出され方を適切に述べられなかったと感じた。つまりそれぞれの詩人が何故そういう詩を書くのかを述べる力の無さを感じさせられた。
2011-3-20-


「現代日本詩集2011」の「連載詩」の枠では、1933年生まれで77歳の中江俊夫さん35年生まれで75歳の北川透さん79年生まれで31歳の岸田将幸さん、三人はテーマと詩法を持続させていると、そして連詩の78歳の新藤涼子さん49歳の河津聖恵さん29歳の三角みづ紀さんたちは楽しんでいるに見える。
2011-3-18

連詩「悪母島の魔術師(マジシャン」新藤涼子・河津聖恵・三角みづ紀
「現代日本詩集2011」の「連載詩」の枠の連詩では、1932年生まれの新藤涼子さんの詩で森の中のベンチに死体が空想され、1961年生まれの河津聖恵さんの詩でクレソンの青い茂みに帽子を被らない死者が現れ、1981年生まれの三角みづ紀さんの詩で大きすぎる帽子が目障りと受け止められる。
2011-3-17-17:44

連載詩 岸田将幸「絶対主義、避けたザクロ」
「現代日本詩集2011」の「連載詩」の枠で、1979年生まれの岸田将幸さんの詩は、詩を書く者にとっての詩の意義を追究し、人を掘削すべき土とするなど感性に訴える独特の思考を断言的に展開して、個の限界を超えた共同としての詩の「絶対主語」を目指す決意を歌い語っていると受け止められる。
2011-3-15-11:21

連載詩 中江俊夫「青空」
「現代日本詩集2011」の「連載詩」の枠で、1933年生まれの中江俊夫さんの詩は、4行2連と3行2連を交互に組み合わせて、自分が言葉を書くことを木々も細々と書いていると自然に照らして考えて、謎のままに、最後に人の身体に纏わるいろいろな慣用句を列挙構成して人臭さを浮かび上がらせる。
2011-3-13-17:13

連載詩 北川透「大凶事昔暦」
「現代日本詩集2011」の「連載詩」の枠で、1935年生まれの北川透さんの詩は、海峡の淵に立つ海水に浸食され沈下した棺状の古い空マンションに住む自称語り部の老婆を登場させ、元住民の影の騙りと云って、詩と現実の様々な問題を妖怪相手に皮肉を込めて誇張した言葉で芝居風に語らせている。


「現代日本詩集2011」の「作品7」の枠では、生まれが1969年の小川三郎さんが41歳70年の水無田気流さんが40歳74年の蜂飼耳さんが36歳80年の鳥居万由美さんが30歳82年の山田亮太さんが28歳91年の文月悠光さんが19歳で、皆さん自己存在と書くことに拘っていると見られる。
2011-3-9-15:48

文月悠光「余白を孵す。」
「現代日本詩集2011」の「作品7」の枠で、1991年生まれの文月悠光さんの詩は、日常で自己を見失いそうな自分が、他者から余白になれと唆されるが、自分が生きて語ることで余白を活かすと、歩く踵と言葉の踵を揃えて書き続け自分を確かめて書くことに生きる自己を語っていると受け止められる。
2011-3-8-18:02

山田亮太「みんなの宮下公園/避難」
「現代日本詩集2011」の「作品7」の枠で、1982年生まれの山田亮太さんの詩は二つ、一つは宮下公園に渋谷区役所が掲示した言葉に対する利用者の激しい反撥の言葉を構成したもの、もう一つは山手線を乗り回して頭に浮かんだ言葉に拘る語句を一見ランダムに自己の弱みが出るように構成している。
2011-3-7-17:30

鳥居万由美「00.01.04.10」
「現代日本詩集2011」の「作品7」の枠で、1980年生まれの鳥居万由美さんの詩は、垣根に蝶が…と書きだした瞬間に、言葉を書く者と現実の乖離から生じる自己存在を巡る不安に落ち、巨大な掃除機や記憶を載せた鳥のイメージを走らせた思念を会話形式で語り、最後に日常に帰って書き終えられる。
20111-3-6-16:53

小川三郎「天」
「現代日本詩集2011」の「作品7」の枠で、1969年生まれの小川三郎さんの詩は、「天」に導く道案内人がその気になった人を案内する道すがら、何も拾わず、見つめられる視線も気にせず、複雑に入り組んだ道を案内に従って行けば、「不可能だけがある天」に歓迎されるとその口上が語られている。
201-3-5-15:51

水無田気流「浮遊器」
「現代日本詩集2011」の「作品7」の枠で、1970年生まれの水無田気流さんの詩は、視野や生き方や感情や信念などをモチーフに観念語の音韻をずらして作った対句の連で、全体を形よく構成して、自分の世代のあり方を言葉の上で否定して浮き上がらせる仕方で、自己主張していると受け止められる。
2011-3-4-17:37

蜂飼耳「パイン・ガーデン」
「現代日本詩集2011」の「作品7」の枠で、蜂飼耳さんの詩は、軒に生えそろった草に乳歯を連想して生命感を感じ、その思いにテレビの雑多な画像の中の松が生えないところに日本人が植えた松林が重なり、植物と哺乳類の生命活動が引き出す観念の言葉に惑わされる不安を語っていると受け止められる。
2011-3-3-18:10


「現代日本詩集2011」の「作品6」の枠では、城戸朱理さん四元康祐さん小池昌代さんが1959年生まれで51歳、高貝弘也さん広瀬大志さんが1960年生まれで50歳、和合亮一さんは1968年生まれで42歳、それぞれ自分の表現意識を自覚し言葉の効力を勘案し詩としての現場を実現している。
2011-3-2-

和合亮一「逃亡逃亡」
「現代日本詩集2011」の「作品6」の枠で、1968年生まれの和合亮一さんの詩は、刻々と時を刻む時計を前に、あなたに対する思いから生じるロマンチックな思念やイメージを、様々な大きさの紙片にメモするように、紙面に35個の四角い枠を作って書き込み、脳髄のスキャンデータのように見える。
2011-3-1-17:22

小池昌代「股引」
「現代日本詩集2011」の「作品6」の枠で、1959年生まれの小池昌代さんの詩は、地蔵になってぞっぞっと鎌倉の小町通りを行くと、頭を剃り上げた田村隆一の亡霊が「深く落ちていけ」と刀を振り回す傍らで、股引を買って履き、宇宙心を舐め、ぼろぼろに崩れるという夢のような話が語られている。
2011-2-28-

広瀬大志「黄金の舞踏」
「現代日本詩集2011」の「作品6」の枠で、1960年生まれの広瀬大志さんの詩は、日常の気分に埋もれた身体を、性行為を彷彿させる身体の動きを語る話し言葉の79行中に、「踊れ」という言葉を14回も繰り返して奮い立たせて、身体の自然の力を取り戻そうと、躍起になっていると受け止められる。
2011-2-27-18:20

高貝弘也「母子草」
「現代日本詩集2011」の「作品6」の枠で、1960年生まれの高貝弘也さんの詩は、あなたとわたしという近しい関係を設定して、モンゴルの草原と多摩川へと一気に空間を広げて、読者の想像力に働きかけ、植物の阻まれた成長を関係に重ねて、そこはかとなく悲しみの余韻が溢れるように語っている。
201-2-26-18:21

城戸朱理「手紙が届かない。夏」
「現代日本詩集2011」の「作品6」の枠で、1959年生まれの城戸朱理さんの詩は、暑い夏の夜、深まる疑問にとらわれて、分かり切った日常に関わっていることの苦悩が生まれ鮮やかな悲しみを感じて、足長蜂の哲学的な生態の謎に失跡した者を思うという思念の疼きを呈示していると受け止まられる。
2011-2-25-

四元康祐「多言語話者のカント 息子は歌う」
「現代日本詩集2011」の「作品6」の枠で、1959年生まれの四元康祐さんの詩は、アメリカで日本人の父母から生まれた俺が父の転勤で英語とドイツ語の中で育ち、自分のアイデンティティーは言葉を超えて行為にあるとして普遍語を考えるまでの言語歴を語り口調の3行32連で叙事詩風に語っている。
2011-2-24-17:39


「現代日本詩集2011」の「作品5」の枠では、それぞれ言語を優先させて、63歳の吉田文憲さんと58歳の江代充さんはスピリチュアルな詩を書き、55歳の伊藤比路美さんと平田俊子さんは言葉を軽快に乗り回し、59歳の野村喜和夫さんと50歳の多和田葉子さんは言葉を杖にして内面を探っている。
2011-2-23-15:18

野村喜和夫「出発」
「現代日本詩集2011」の「作品5」の枠で、1951年生まれの野村喜和夫さんの詩は、文字も発音も違う様々な言語の10人の詩人たちの集まりに参加して、内面で受け止めた印象が抽象的に語られ、その国際的な交流からの出発を「名が集められ、刻がわきたち、/われわれは出発する」と語っている。
2011-2-22-15:42

多和田葉子「菱形」
「現代日本詩集2011」の「作品5」の枠で、1960年生まれの多和田葉子さんの詩は、「かけ離れた類似/一本の手で運ばれてきた/どこにも書き込まれることなしに/ /蛇が『何』という」と書き始められて、書く意識の運動を追って、イメージを呼ぶ抽象的な言葉を連ねて独特の世界を語っている。

平田俊子「いざ蚊枕」
「現代日本詩集2011」の「作品5」の枠で、1955年生まれの平田俊子さんの詩は、鎌倉の知人が住所に「蚊枕」と記入し、それが蚊が寝るときに使う枕だと聞き、夏の帰省を語る展開の詩行の「か」音に「蚊」を嵌めて、奇想を語って盛り上げて、「ば蚊で/おろ蚊で/あさは蚊な蚊」と締めている。
2011-2-20-12:14

伊藤比呂美「日系人の現在(母が死んだ)」
「現代日本詩集2011」の「作品5」の枠で、1955年生まれの伊藤比呂美さんの詩は、死亡した母の預金を解約する際に、在外日系人が「母が母であること」「私が私であること」の証明のために、次々に様々な書類に署名して、ついでに在外選挙人証も入手したことを追い重なる語り口調で語っている。
2011-2-19-14:25

江代充「諸物 ある改作」
「現代日本詩集2011」の「作品5」の枠で、1952年生まれの江代充さんの詩の一つは、子供の頃物干ししている叔母さんの腰元で母と話す女ことばを体感した情景と母の遺骸の前の情景が、もう一つは、地面の降りた二羽の雀が干上がった後に雨で膨れたミミズを跳ねて啄む情景が率直に語られている。

吉田文憲「光」
「現代日本詩集2011」の「作品5」の枠で、1947年生まれの吉田文憲さんの詩は、前半で暗闇にうごめく息づかいするもの感じて死者の呼び声を聞きいたと、また後半では夢の光が発した瞬間に清寧が壊れて折れた小枝が飛び交い鏡の中を歩く人や跳ねる子どもを見たと現実を超えた現象を語っている。
201-2-17-14:59


「現代日本詩集2011」の「作品4」の枠では、1948年生まれの瀬尾育生さんが62歳で1953年生まれの池井昌樹さんが57歳、団塊の世代とポスト団塊の世代のこの枠の詩人たちは、生きることの意味を問いながら、言葉自体を意識して、それぞれ独自のスタイルで迷うことなく詩を書いているという印象。
2011-2-16-14:16

朝吹亮二「あけまして(あけません)}
「現代日本詩集2011」の「作品4」の枠で、1952年生まれの朝吹亮二さんの詩は、正月の挨拶の「あけまして」を「あけません」と取って空漠たる心理を理由に、「ろのけろっぷ」と「ぎのぎゃろっぴ」の音列を曲げて箱を作り、無音の促音や拗音が発音できず、あけられないと韜晦気味に語っている。
2011-2-15-14:50

池井昌樹「鎌田公園の河馬/滝宮祭禮図屏風」
「現代日本詩集2011」の「作品4」の枠で、1953年生まれの池井昌樹さんの詩は、二篇とも子どもの頃を過ごした郷里をモチーフにして、池に河馬がいると噂があった坂出市の鎌田公園の賑わいと祖父の手の温もりと、滝宮の御殿橋を描いた屏風の中の子どもの目に自分を重ねて散文で懐かしんでいる。
20111-2-14-15:09

井坂洋子「あんまんの赤い月」
「現代日本詩集2011」の「作品4」の枠で、1949年生まれの井坂洋子さんの詩は、第一連でいきなり「頭上に まだ槌はおちてこない」と切迫した状況を設定して、冬眠の後の黒い蛙や大きな赤い月やあんまんなどを演出して心情を語り、第二連では追い詰められた行為を総て書くと決意を語っている。
2011-2-13-16:26

瀬尾育生「使いたちが高い梯子をのぼる」
「現代日本詩集2011」の「作品4」の枠で、1948年生まれの瀬尾育生さんの詩は、神話という枠組みで女性関係からある部族の変革の事態に巻き込まれた話を複雑な物語で語り、終いに舞台を見終わって外に出で空を見た時の現実感に帰って、そこに時間を超える梯子を示唆していると受け止められる。
2011-2-12-14:33

稲川方人「首飾りの歌 G・Bに」
「現代日本詩集2011」の「作品4」の枠で、1949年生まれの稲川方人さんの詩は、晩秋の夕暮れの川岸の小屋で死者を弔いながらも悲しみから離れて、偽善の綱領に絶望して、義勇と自由についての深い川のような思考を辿って、生き方として献身は反国家的だと結論した感慨を語ってると受け止められる。
2011-2-11-17:46

荒川洋治「外地」
「現代詩手帖」1月号の「現代日本詩集2011」の「作品4」の枠で、
1949年生まれの荒川洋治さんの詩は、領土問題に触れて、戦前の「外地」という言葉から、国境線の内外を往き来する実例を辿り、その線の現在の薄弱な意識に、昔の病院の下足番のおばさんの足元の出入り記憶の凄さをぶつけている。
2011-2-10-14:05


「現代日本詩集2011」の「作品3」の枠では、1929年生まれの金時鐘さんが81歳で1947年生まれの佐々木幹郎さんが63歳、60年代前後のこの枠の詩人たちはそれぞれ独自なスタイルで詩を書いているが、その言葉には記憶と存在感を確かめようとしている心情が感じられた。
201-2-9-13:59

佐々木幹郎「地図に迷って」
「現代日本詩集2011」の「作品3」の枠で、1947年生まれの佐々木幹郎さんの詩は、書いたのを忘れてパソコンに残っていた詩から発想して、遙かなヒマラヤとスコットランドに旅行したとき、現地の実際の場所と地図とがずれていて迷ってしまったことに重ねて現在の心境が散文で綴られている。
2011-2-8-13:34

藤井貞和「滅亡(ツクシ)の力」
「現代日本詩集2011」の「作品3」の枠で、1942年生まれの藤井貞和さんの詩は、50年ほど前の記憶を撃つ単語や短い句を括弧で括り、30数字の一行に三つから五つ重ねて展開して、若い頃の情念を甦らせ現在を葬ろうと、隠された意味を叩いて言葉に「滅亡(ツクシ)の力」を与えている。
2011-2-7-18:14

井川博年「香港へ」
「現代日本詩集2011」の「作品3」の枠で、1940年生まれの井川博年さんの詩は、青春時代に詩集を出したが認められないで屈折した気持になり、知人の話に刺激されてフランスに行こうと貯金して、香港までの切符で豪華客船に乗船し、香港に着くまでの緊張した船旅が3900字の散文で綴られている。
2011-2-6-16:24

鈴木志郎康「地図に載ってない/二本の杖」
「現代詩手帖」1月号の「現代日本詩集2011」の「作品3」の枠で、1935年生まれの鈴木志郎康ことわたしの二つの詩は、草や人が地図には載っていないと当たり前のことを敢えて書いて、枯れたり死んだりして消滅する生きものの存在のあり方を照らし、主観の不確かさをユーモラスにを語っている。
2011-2-5-14:47

天沢退二郎「サムサの神話 サムサの夏はなぜおろおろあるくか?」
「現代日本詩集2011」の「作品3」の枠で、1936年生まれの天沢退二郎さんの詩は、宮沢賢治の詩句「サムサノナツハオロオロアルキ」の「サムサ」を小さな皿に乗ってくるキャラクターにして、オロオロアルキはその皿の下の蛙の発光で寒天質になって蛇に呑み込まれたからという神話を語っている。
2011-2-4-15:13

金時鐘「窓」
「現代詩手帖」1月号の「現代日本詩集2011」の「作品3」の枠で、1929年生まれの金時鐘さんの詩は、窓をモチーフにして、自分と世界を隔てる絶対的な壁として設定し、その窓のあり方と内側の自分との関係をこれまで生きてきた身近な場面から歴史的な場面に照らして直截に語ることばが綴られている。


「現代詩手帖」1月号の「現代日本詩集2011」の「作品1」と「作品2」の枠の1914年から1934年までに生まれた90歳代から70歳歳代の詩人たちは、死や過去に触れた詩を書いていた。改めて驚いたが、それぞれ年齢に即して詩を書いているということで、現代詩の詩表現の成熟とも受け止められる。
201-2-2-14:38

粕谷栄市「来世/永訣」
「現代日本詩集2011」の「作品2」の枠で、1934年生まれの粕谷栄市さんの二つの詩の一つは、来世を念頭にげじげじの来世としての現在の自分とその来世を、もう一つは、大きな湖のほとりで農業をしながら難解な詩を書き続けて孤独死した詩友の生涯が完結した一篇の詩と語っている。
2011-2-1-14:40

安藤元雄「このまま枝の下に」
「現代詩手帖」1月号の「現代日本詩集2011」の「作品2」の枠で、1934年生まれの安藤元雄さんの詩は、枝の下に寝ころんでゆっくりと体も心もときほどいて暖かい日差しのなかで心地よく眠りに誘われるようにすべて肯定されてとろける、心地よくこの世を終わらせたいという思いが語られている。
2011-2-1-13:51

白石かずこ「新年という巨大なネズミが……」
「現代詩手帖」1月号の「現代日本詩集2011」の「作品2」の枠で、1931年生まれの白石かずこさんの詩は、新年を迎える思いが「新年という巨大なネズミがやってくるとしたら」と書き始められて、詩の眼を洗うという想から、言語の遡行へ、過去の時間が流れ落ちていく無音の轟音で終わっている。
2011-1-31-15:10

新川和江「コース」
「現代詩手帖」1月号の「現代日本詩集2011」の「作品2」の枠で、1929年生まれの新川和江さんの詩は、裏庭から回ってきて居間の前を横切って「午後の陽が明るく差している西の通りへ」出ていく猫に重ねて、ひっそりとした死を願う思いが語られている。
2011-1-30-16:45

牟礼慶子「海からの贈りもの」
「現代日本詩集2011」の「作品2」の枠で、1929年生まれの牟礼慶子さんの詩は、こだわることもなく自然のままに受け止めるという心境で窓辺に立って、青くひろがる海と空の対話を飽きることなく眺めて、それを至福のひとときと意識するご自分の心情を語っている。
2011-1-28-14:25

長嶋三芳「哀しい認知症」
「現代日本詩集2011」の「作品2」の枠で、1917年生まれの長嶋三芳さんの詩は、長嶋さんの生地の港町の老人ホームで認知症になった老婦人が、亡母と夫の眠るお墓に風になってでも会いに行きたいと思いながら、一人ぼっちで記憶を失って寂しく暮らす姿を語っている。
2011-1-28-14:25

杉山一平「叩く」
「現代日本詩集2011」の「作品2」の枠で、1914年生まれの杉山一平さんの詩は、人生を振り返って戦時中はビンタを張られ平和になってからほめられて頭を叩かれ、と叩かれたことを「晴天のあいさつだったのか」と語っている。身体で受けた痛みの共有が仲間の証と年を取って気がついたということかしら。
2011-1-28-14:25

中村稔「晩秋悲歌 磯輪英一さんの死に」・辻井喬「別れについて」・岡井隆「大歌人出棺の図」・平林敏彦「寄る辺なき駅のほとりで」・長谷川龍生「倦怠 記憶のなかに消えることのない他者の祭祀」・石牟礼道子「わたくしさまの しゃれこうべ」
「現代日本詩集2011」の「作品1」の枠で、1927年28年生まれの詩人たちの詩では、中村稔さんが人は死ぬとき、辻井喬さんは別れの複雑な様相、岡井隆さんは大歌人の死、平林敏彦さんは帰らぬ青春、長谷川龍生さんはガンジス河畔で感じた倦怠、石牟礼道子さんはご自分の髑髏のことを語っている。
2011-1-28-14:23


「現代詩手帖」1月号の「越境2011[フランス]」の吉増剛造さんの詩は昨年の9月から10月にフランスの7つの都市で朗読した際に吉増さんが遭遇した詩想を独特の発音を基底にした表記で綴られた作品。八戸で出合った「鐵」が言葉の袋を破ってフランスで「marteau鐵槌」になるという話。


「現代詩手帖」1月号の「越境2011[香港]」の谷川俊太郎さんの詩は、香港の大学に招待した北島(ペイタオ)の肖像を語った4行4連の「言語の胞衣」と香港のことを語った「極めて主観的な香港の朝」の2編。北島の肖像詩にはその生きる姿、生活、与える影響、詩人の言葉の力動感が語られている。


「現代詩手帖」1月号の「現代日本詩集2011」では、谷川俊太郎さんと吉増剛造さんの詩が、昨年の秋、海外に招待された際の書かれた詩として、「越境2011」と括られている。谷川さんは香港の大学に招待されて、吉増さんはフランスの7都市の朗読会に招かれて、それぞれ現地で書いたということ。
2011-1-26-14:08


先週「現代詩手帖」1月号の「現代日本詩集2011」の53人の詩人の詩49作品全部と新作能の台本一つを読み終えて、その全体の印象を頭の中で転がして一週間が過ぎた。年齢を意識したもの、虚構の枠組みで語るもの、極度の抽象を語るもの、現実の即した抒情、言葉そのもの向かう意識などなど多彩。
2011-1-24-14:32



posted at 16:52:31 on 2011-04-02 by shirouyasu - Category: General

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