今夜おれはおまえの寝息を聞いてやる   中野重治
                            (1902〜1979)


今夜おれはおまえの寝息を聞いてやる
おれはおまえがおまえの仕事に忠実であることをほめてやる
おれが警察から警察へまわされていたとき
おまえはささやかな差入れものをかかえて次々とまわって来た
それは白い卵をかかえて巣移りする蟻のようだった
しかしそのためおまえがおまえの仕事を少しでも怠るのであったらば
おまえの心づくしを受け取ることがおれにできなかったろう
やがておれが刑務所へまわったとき
おまえはふたたび手を振ってやって来た
しかしもしおまえが
おれたちの引き裂かれたことをおまえの仕事を高めるモメントとしているのでなかったならば
おれは面会所で編笠を取ることができなかったろう
おまえはいつも仕事に忠実であったし今も忠実である
おまえはあした仕事を追うて川越へ行く
おまえは一人でさっさと支度をし
いまはかすかな寝息をたてている
おれはおまえの寝息をかぞえ
おまえの寝息の正確なことをほめてやる
正確な寝息は仕事にまめまめしいもののものだ
おまえはおまえの仕事に常にこまめやかに
それ一つでいい
かつて引き裂かれたおれたちはまた引き裂かれるかも知れない
しかしおれたちがおれたちの仕事にそれぞれ忠実であるかぎり
おれたちを本質的に引き裂く何ものもない
すべての手段を奪ったものも献身による手段を奪うことはできない
おれはおまえの寝息をかぞえてその安らかなことをほめてやる
未来にわたって安らかにあれ
仕事に忠実であることの安心の上に立って

――『中野重治詩集・1935年・ナウカ社刊』より――

中野重治は、プロレタリア文学運動の代表的な詩人、評論家。「おまえ」と呼びかけられているのは、中野の妻、日本プロレタリア劇場同盟加盟の左翼劇場(のちの中央劇場)の劇団員である原政野、芸名は泉子(せんこ)、のち泉、である。
この二人は、1930年4月新婚生活をはじめる。中野重治は寝巻と洗面道具だけを持って、政野の部屋に転がりこんだ。
しかし、同年5月には、もう中野は治安維持法違反容疑で逮捕、豊多摩刑務所に収容、起訴される。12月保釈出所。この詩はその頃に書かれたものである。
深夜に中野はふと筆を休めて、明日の公演のために早く床についた妻の寝息を聞いていたのだろうか?

おれはおまえの寝息をかぞえ
おまえの寝息の正確なことをほめてやる

ああ、こんな風に見守られて眠りたいものだ。「眠る」というのは、人間にとって最も無防備な行為である。それを安らかに預ける妻、見守る夫、それ以上の幸福があろうか!しかしながら……

おれはおまえがおまえの仕事に忠実であることをほめてやる

……というほどの女性にだけ与えられる、輝くような幸福な眠りなのであって、わたくしのようないいかげんな者には与えられるはずはないのである。貧しく、辛い少女期と青春期を過ごした女性であるにもかかわらず、政野は屈託のない正直な女性であったらしい。そのように生きられたことは、この夫の愛と理解のたまものでもあるのだろう。
この作品は決して優れたものではない。「おまえ」の過剰な連呼が気になるし、「おれ」の文体は無骨である。プロレタリア文学にありがちな「アジテーション」のような言葉が頻出することも、文体の骨格を軋ませているようだ。読んでいて苦しい。それにもかかわらずわたくしの心を圧倒し、豊かな収穫のような愛が見えてくる。思想と愛とのうつくしい伴走の詩である。


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