恋唄   吉本隆明 
          (1924〜)

  
   理由もなくかなしかったとききみは愛することを知るのだ
   夕ぐれにきて夕ぐれに帰ってゆく人のために
   きみは足枷になった運命をにくむのだ
   その日のうちに
   もし優しさが別の優しさにかわり明日のことが思いしられなかったら
   きみは受肉を信じるのだ 恋はいつか
   他人の血のなかで浅黄いろの屍衣のように安らかになる
   きみは炉辺で死にうるか
   その人の肩から世界は膨大な黄昏となって見え
   願いにみちた声から
   落日はしたたりおちる
   行きたまえ
   きみはその人のためにおくれ
   その人のために全てのものより先にいそぐ
   戦われるものがすべてだ
   希望からは涙が
   肉体からは緊張がつたえられ 君は力のかぎり
   救いのない世界から立ち上る

――『定本詩集記后1953〜1957)』より――

吉本隆明全著作集の6巻「文学論掘廚僚文「言語にとって美とはなにか」のなかから少し引用してみたい。

『わたしの主観のなかでは、じぶんの手でつくりあげてゆかねばならない文学の理論は、とうぜん思想上の重荷をも負わなければならないものだった。(中略)まるで手さぐりで幾重にもたちふさがった壁をつきぬけるような悪戦をつづけた。そして本稿によって、わたしは思想上の責任を果たしながらその作業をおえることができたのである。』

はじめに誤解をおそれずに言えば、人間がたった一つの思想を貫くということは欺瞞である。生きてゆくうえで、さまざまな思想にぶつかり、さまざまな人間に出会い、その視点の転移によって、一人の人間の思想はどのようにでも変わりうる。そのように人間は自由に変化するものであっていい。
思想の転向に「自己批判」など不必要なことで、それよりもさらに新しい思想の展開に踏み込んでゆく「決意」の方がはるかに重い行為なのではないだろうか?吉本隆明はそうした姿勢を貫き、またさらに詩人と思想家との緊迫した均衡関係を、最終的には言葉として表現してきたのではないか。吉本の「萩原朔太郎に習って詩を第一という原則をとってきた。」という言葉は、それを再確認させるものだった。その彼の永い思考の日々はたわむことがなかった。その強靭な精神力に驚くばかりだ。詩作品は無骨と繊細の共存である。そしてなによりも「人間としての深いやさしさ」が底流にある。吉本の著作活動とは「吉本隆明という思想」の一貫した確立だったのではないだろうか?
ああ、慣れないことを書くのは疲れるな。ここでは「吉本隆明論」が目的ではないし、しかもわたしの手に負えることではないので、この辺までにしておきます。

さて、実はこの詩集には「恋唄」という同じタイトルをつけた詩が三篇あるのです。上記の詩はその二編目です。この時期に吉本隆明になにが起こったのか、考えざるをえない。まず一編目の詩の一部の抜粋を紹介します。

   おれを苦しめた男は舞台のうえで倒れた演技をしてみせる
   おれが苦しめた男は観客のなかで父と母とのように悲しく老いる

   おれが愛することを忘れたら舞台にのせてくれ
   おれが賛辞と富を得たら捨ててくれ
   もしも おれが呼んだら花輪をもって遺言をきいてくれ
   もしも おれが死んだら世界は和解してくれ
   もしも おれが革命といったらみんな武器をとってくれ

次は、三篇目の詩のなかから抜粋します。

   惨劇にはきっと被害者と加害者の名前が録されているのに
   恋にはきっとちりばめられた祝辞があるのに
   つまりわたしはこの世界のからくりがみたいばっかりに
   惨劇からはじまってやっと恋におわる
   きみに視えない街を歩いてきたのだ
   かんがえてもみたまえ
   わたしはすこしは非難に鍛えられてきたので
   いま世界と戦うこともできるのである

この時期の吉本隆明は、この詩のほかに「ぼくが罪を忘れないうちに」「涙が涸れる」「破滅的な時代へ与へる唄」「少女」などにもみられるように、詩誌「時祷」同人の荒井文雄の妻「和子」への苦しい恋愛の真っ只中にいたのである。さらにその時期の吉本は、キリスト教、仏教、マルクス主義など、宗教と思想との思索の時期でもあり、さらに困難な生活上の問題も重なっていたのです。「死ぬか、逃亡するか、あるいはこれに耐えられなければ、自分はどんなことにも耐えられないはずだ。」という決死の思いの只中にいたのです。吉本は荒井文雄からの決闘をどんなに待ち望んだことか。吉本にとってこの時期は、恋愛事件だけではなく、それを含めて「もっとも濃密な思索の時間」だったのではないだろうか?

   きみは受肉を信じるのだ 恋はいつか

そして、吉本は和子と結ばれた。それは「略奪愛」ではなく、「獲得愛」だったとわたくしは思う。

   もしも おれが死んだら世界は和解してくれ

これは「恋」の苦しい叫びとも、「世界への呼びかけ」ともとれる。吉本隆明とは、いつでもその双方を同時にみつめる詩人なのではないか?
わたくしは正直に言って、吉本隆明について書くことはこわい。無謀だとも思う。しかし、この詩人への深い憧憬から、わたくしはあえてこの一作を取り上げて、わたくしのささやかな記録といたします。
吉本さん、その大きな優しい懐で、どうぞゆるしてください。

これは余談だが……。女性関係の大変華やかだった詩人谷川雁が、それを自慢げに語ることに対して「僕は一人の女性に生涯愛される方がいい。」と吉本隆明は答えたという。ここにも吉本らしい誠実さと、妻和子との苦しい恋愛を経て、結ばれたことから獲得した吉本の愛への姿勢が見られる。


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