勇気   天野忠 
        (1909〜1993)

 
   この年の最後の鐘が 鳴り終った
   老女ベスは みぶるいした
   この年の死はすぎ去ったのだ しかし
   ――私に残された水は あと何滴………

   ベッドの上で 老女ベスは
   痩せた足の裏をのぞく それから
   ふるえながら ゆっくり
   ゆっくり 今年の初めての階段を降りて行く

   (死が怖くなってきたね、ベスや)

   亡くなった三度目の夫ポールのしゃがれ声が
   おどり場の冷たいくらがりから聞こえる ああ あの声

   (死なんて ほんとは ありゃせんのさ ベスや)

   マジノで戦死した二度目の夫ケネスの声が
   蜘蛛の巣だらけのあの高い小窓から聞える

   (安心しろよ、ベスや、死なんてえのは
    自分は知らずに他人が見るだけのものさ)

   チフスで亡くなった初めての夫サムの声が
   玄関のあの古い傷んだ肘掛椅子のうしろでした

   老女ベスは 家の戸を開ける
   ――新年おめでとう
   四度目の夫が
   笑って入ってきた。

――『動物園の珍しい動物・1966年・文童社刊』より――

最終連を読んで仰天した。老女ベスに4人目の夫が訪れることになるなんて!!「このうえにまだべスに生きろと?」とおもわず詩人に問いかけたくなった。しかし、始めに戻って読み直してみよう。彼女の不安は「死」から「水」へと変転する。そして痩せた足の裏に問いかけている。ベスは起き上がり、階段を降りてゆく。その彼女を3人の死んだ夫たちがやさしく見守り励ましている。そして、そのベスのために詩人天野忠は「死者ではなく、4人目の夫」を登場させて新年の贈り物としたのだ。

一人暮らしをしてきたメイ・サートンの、老いてからの著書のなかに「家のなかが巨大な世界のようになってしまった。」というような言葉があった。階段の昇降さえも登山のごときものとなるわけだ。

この詩は天野忠の「女性賛歌」だと受け止める。「女性とはそのように生きられるものなのだよ。」と。「生命そのものへの励まし」と思うこともいいだろう。


前ページ     次ページ


『愛の詩』を読む 目次に戻るHaizara net(top page)Shimirin's HomePageUrokocitySiteMap