Between―――   富岡多恵子
                           (1935〜)

 
   誇ってよい哀しみがふたつある
   部屋のドアをバタンと後に押して
   家の戸口のドアを
   バタンと後に押して
   梅雨の雨で視界のきかない表通りで
   一日の始まる時
   これからどうしよう
   これから何をしよう
   どちらにも
   味方でも敵でもないわたくし
   この具象的疑問を
   誰に相談しよう
   戦争ぎらいで
   平和主義者ではないわたくし
   ただ目を見開いてゆくための努力
   その努力しか出来ない哀しみ

   誇ってよい哀しみはふたつある
   あなたと一緒にいるわたくし
   あなたがわからない
   だからあなたが在るのだとわかるわたくし
   だからわたしが在るのだとわかるわたくし
   あなたがわからない哀しみ
   あなたがあなたである哀しみ

――『返禮』1957年・山河出版社刊 より――

富岡多恵子が詩を書いていた期間は短い。この「返禮」ののち、「カリスマのカシの木・1957年」、「物語の明くる日・1960年」、「女友達・1964年」、「厭芸術反古草子・1970年」の四冊の詩集を出して終わっている。その後の新詩集の出版はない。富岡が詩を止めた理由も興味深い。「詩が書けなくなったわけではない。書こうと思うといくらでも書けた。それがいやだった。」というのだ。ふうぅ〜〜!

まず、断っておくがこの作品のなかで「わたくし」と「わたし」が使い分けられていることは、誤記ではない。たった1回だけ登場する「わたし」だけが動かしようのない唯一の現実であり、作者自身なのだろうと思える。さらに、一連目の「誇ってよい哀しみが」と、二連目の「誇ってよい哀しみは」の「が」と「は」も誤記ではない。
一連目に書かれた「哀しみ」は、おそらく大学卒業前後の時期にいたであろう富岡が、家族や社会にむけて「誇った」ものである。それに対して二連目の「哀しみ」は「あなた」へむけて「誇った」ものとなる。そして二連目の「哀しみ」の方が彼女にとって重いものではなかったか?

   あなたがあなたである哀しみ

さまざまな「哀しみ」を書き連ねていって、最後に立ち止まった一番深い「哀しみ」は「あなた」という存在だったのだ。


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