愛する人に   井上靖 
             (1907〜1991)


   洪水のように、
   大きく、烈しく、
   生きなくてもいい。
   清水のように、あの岩蔭の、
   人目につかぬ滴(したた)りのように、
   清らかに、ひそやかに、自ら耀(かがや)いて、
   生きて貰いたい。
 
   さくらの花のように、
   万朶(ばんだ)を飾らなくてもいい。
   梅のように、
   あの白い五枚の花弁のように、
   香ぐわしく、きびしく、
   まなこ見張り、
   寒夜、なおひらくがいい。
 
   壮大な天の曲、神の声は、
   よし聞けなくとも、
   風の音に、
   あの木々をゆるがせ、
   野をわたり、
   村を二つに割るものの音に、
   耳を傾けよ。
 
   愛する人よ、
   夢みなくてもいい。
   去年のように、
   また来年そうであるように、
   この新しき春の陽の中に、
   醒(さ)めてあれ。
   白き石のおもてのように醒めてあれ。


わたくしにはこの作品が収録されている詩集名はわからない。従って書かれた時代も把握できない。第一詩集「北国」が出版されたのは1958年、井上靖51歳の時である。その後9冊の詩集が出版され、最後の詩集「星欄干」は85歳の時、死の1年前である。こうして見ると井上靖の詩作は晩年に集中していることがわかる。もちろん小説はその約4倍となるし、随筆、紀行などを含めると井上靖の詩作品の占める割合は少ないといえるかもしれない。詩集「北国」の「あとがき」を一部引用してみよう。ここに井上靖の「詩」に対するある種の「信仰」のような思いを感じるのです。

『私はこんど改めてノートを読み返してみて、自分の作品が詩というより、詩を逃げないように閉じ込めてある小さい箱のような気がした。これらの文章を書かなかったら、とうにこれらの詩は、私の手許から飛び去って行方も知らなくなっていたに違いない。併し、こうしたものを書いておいたお蔭で、一篇ずつ読んで行くと、曾(かつ)て私を訪れた詩の一つ一つが――ふと私の心にひらめいた影のようなものや、私が自分で外界の事象の中に発見した小さな秘密の意味が、どこへも逃げ出さないで、言葉の漆喰塗りの箱の中の隅の方に、昔のままで閉じ込められてあるのを感じた。』

この詩はその「漆喰塗り」の箱のなかから、そっと取り出されて、清水になり、花になり、風になり、陽射しとなり、「愛する人」へ呼びかけているようだ。途方もなくおおきな抱擁のような作品だ。


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