未確認飛行物体  入沢康夫
             (1931〜)

 
   薬罐だって
   空を飛ばないとはかぎらない。

   水のいっぱい入った薬罐が
   夜ごと、こっそり台所をぬけ出し、
   町の上を、
   心もち身をかしげて、一生けんめいに飛んで行く。

   天の河の下、渡りの雁の列の下、
   人工衛星の弧の下を、
   息せき切って、飛んで、飛んで、
   (でももちろん、そんなに早かないんだ)
   そのあげく、
   砂漠のまん中に一輪咲いた淋しい花、
   大好きなその白い花に、
   水をみんなやって戻って来る

――『春の散歩』 1982年・青土社刊 より――

この作品は、入沢康夫の代表作の数編からはいつも漏れている。それゆえに、わたくし個人の代表作だと思うしかない。それはとても楽しいことだ思っていたら、大岡信が朝日新聞の2004年10月7日付けの「折々のうた」で取り上げていました。ここで詩が取り上げられること自体が珍しいことです。大岡は「現代詩にはこんな優しい小品もあるんです。」という標本のような作品だと書いていました。「標本」ねぇ〜?この作品は詩をあまり読まない人に初めて処方して差し上げる詩としての効用もあるのですねー。

ともかく入沢康夫は薬罐を空に飛ばせちゃったのである。それに応えて薬罐はエッチラオッチラと、水で重くなったからだで必死になって空を飛んだのである。夜ごと、台所の窓からこっそり抜け出しては、砂漠の愛しい白い花に逢いにいくのである。そして朝にはいつもの薬罐に戻って、家族のコーヒーの湯をわかすのである。そのコーヒーをのみながら詩人はひそかに薬罐を労い、そして微笑むのである。その頃薬罐はうつらうつら……。


前ページ     次ページ


『愛の詩』を読む 目次に戻るHaizara net(top page)Shimirin's HomePageUrokocitySiteMap