胡桃   新川和江
          (1929年・茨城県生まれ)

   
   梨畑では梨が甘くなってゆく
   葡萄園ではむらさきの房がずっしりと重くなってゆく
   それらと釣り合う甘味と水気と重さを内に蓄えることが
   世界と調和するわたしの唯一の方法だった
   けれども深まりつつあるこの秋には
   わが脳髄よ 森の胡桃のように
   よく乾いて落ちることを考え 企てなさい
   こまやかに山河を刻んだミニチュアの地球儀になって
   草むらで この天体と同じリズムで
   ひっそりと
   回り続けるであろうこれからの日と夜を夢みなさい

――『はね橋・1990年・花神社刊』より――

この詩を読むたびに思い出すことがあります。それは1989年の朝日新聞の新年特集号に掲載された、ミヒャエル・エンデの「モモからのメッセージ」です。そこには、ある中米奥地の発掘調査にゆく研究チームのお話が書かれてありました。調査団は、必要な機材をを運ぶために、インディアンのグループを雇いました。彼等は屈強で従順であり、初日から4日目まではスケジュール以上に進むことができました。しかし、5日目になってインディアンたちはぷっつりと先へ行くことを止めてしまい、車座になって地べたに座りこんでしまった。調査団の者たちの説得も聞き入れない、賃金アップにも応じない。しかし突然2日後には全員が同時に立ちあがり、予定の道を進みはじめました。その理由をインディアンたちにたずねると「はじめの歩みが速すぎたのでね。わたしらの魂(ゼ―レ)があとから追いつくのを待っておらねばなりませんでした。」という答えでした。

この詩はちょうど60歳頃に書かれたものでしょうから、女性の今後の生き方への決意とも矜持とも読めます。実はこの詩をわたくしは暗唱できるほど読んだのです。そしてその頃のわたくしは詩人新川和江の教えのもとで詩作をしていたのでした。とても大切な詩です。


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