賭け   黒田三郎
          (1919〜1980)

   五百万円の持参金付きの女房を貰ったとて
   貧乏人の僕がどうなるものか
   ピアノを買ってお酒を飲んで
   カーテンの陰で接吻して
   それだけのことではないか
   新しいシルクハットのようにそいつを手に持って
   持てあます
   それだけのことではないか

   ああ
   そのとき
   この世がしんとしずかになったのだった
   その白いビルディングの二階で
   僕は見たのである
   馬鹿さ加減が
   丁度僕と同じ位で
   貧乏でお天気屋で
   強情で
   胸のボタンにはヤコブセンのバラ
   ふたつの眼には不信心な悲しみ
   ブドウの種を吐き出すように
   毒舌を吐き散らす
   唇の両側に深いえくぼ
   僕は見たのである
   ひとりの少女を

   一世一代の勝負をするために
   僕はそこで何を賭ければよかったのか
   ポケットをひっくりかえし
   持参金付きの縁談や
   詩人の月桂冠や未払の勘定書
   ちぎれたボタン
   ありとあらゆるものを
   つまみ出して
   さて
   財布をさかさにふったって
   賭けるものがなにもないのである
   僕は
   僕の破滅を賭けた
   僕の破滅を
   この世がしんとしずまりかえっているなかで
   僕は初心な賭博者のように
   閉じていた眼をひらいたのである

――『ひとりの女に』1954年・昭森社刊 より――

この詩集はタイトルどおり、やがて妻となるひとりの女性に向けて書かれた美しい恋の詩集です。敗戦から九年後に出版されたこの詩集は、その時代の代表的な恋愛詩集として大変な感動をもってたくさんの読者に迎えられたようです。まだ戦後の貧しさが残存する時代において、この貧乏な若い詩人は、多額の持参金付きの女性よりも、同じく貧乏で、生意気で、捨て身な少女を人生の伴侶としたようです。ただみずからの「破滅」のみを賭けて。青春期の純粋さと苦さの混在する作品です。

「結婚――いかなる羅針盤もかつて航路を発見したことがない荒海」と書いたのは、かの「ハイネ」だったし、「結婚というものは、男子の魅力がどうのこうのといったことより、男子の思慮分別の有る無しのほうが、ずっと大事な問題なのよ。」と書いたのは「マリヴォー」だった。このような言葉を思い出させる作品ですね。わたくし、少し意地悪を申し上げている自覚はございます。はい。

この詩集の6年後、黒田三郎は詩集「小さなユリと」を出版している。その詩集では、その深く愛する妻が病んで療養所に入り、小さな娘「ユリ」との二人の生活を余儀なくされて、翻弄される父親としての姿が浮き彫りにされることになる。夕方の家では寂しがりやの「ユリ」から「ヨッパライ グズ ジジイ」とののしられる。朝には、娘を幼稚園に送り、遅刻して出社する自分に対して「ぐずで能なしの月給取り奴!」とみずからをののしるということになる。

大酒のみの黒田三郎は、病気と事故と怪我の繰り返し、「自殺行為」とすらいいたいような生活ぶりだったそうです。奥様はそのために車の運転免許をとり、車を購入されたとのこと。つまり「荒地」グループの詩人たちが言うように「黒田の救急車」の役割をなさったのです。

   そのとき
   あなたがささやいたのだ
   失うものは
   私があなたに差上げると  
      (もはやそれ以上・同詩集より)

しかし詩人黒田三郎は、このようにしながらも生活者の立場からの視線で世界をみつめ、優れた作品を書き続けたのです。男性詩人たちよ。あなたの優れた作品のうしろには、必ずこのような女性の存在があるのですよ。ゆめゆめ忘るるなかれ。 


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