あけがたにくる人よ   永瀬清子
              (1906〜1995)

   あけがたにくる人よ
   ててっぽっぽうの声のする方から
   私の所へしずかにしずかにくる人よ
   一生の山坂は蒼くたとえようもなくきびしく
   わたしはいま老いてしまって
   ほかの年よりと同じに
   若かった日のことを千万遍恋うている

   その時私は家出しようとして
   小さなバスケット一つをさげて
   足は宙にふるえていた
   どこへいくとも自分でわからず
   恋している自分の心だけがたよりで
   若さ、それは苦しさだった

   その時あなたが来てくれればよかったのに
   その時あなたは来てくれなかった
   どんなに待っているか
   道べりの柳の木に云えばよかったのか
   吹く風の小さな渦に頼めばよかったのか

   あなたの耳はあまりに遠く
   茜色の向うで汽車が汽笛をあげるように
   通りすぎていってしまった

   もう過ぎてしまった
   いま来てもつぐなえぬ
   一生は過ぎてしまったのに
   あけがたにくる人よ
   ててっぽっぽうの声のする方から
   私の方へしずかにしずかにくる人よ
   足音もなくて何しにくる人よ
   涙流させにだけくる人よ


――『あけがたにくる人よ・1989年・思潮社刊』より――

驚くべきことですが、この詩集が出版されたのは永瀬清子八十一歳の時です。この瑞々しさはどこから生まれてくるのでしょう!この作品に繋がる記憶のようにわたしが思い出す作品は、多分永瀬清子が四十歳くらいのころに書かれていると思われる作品(祷り・詩集「焔について」より。)です。その一行はこう書かれています。

   我をしてかぎりなく美しくあらしめたまえ

永瀬清子はクリスチャンだったようですが、彼女の祷りはいつでもキリスト者としての祷りというよりも、女性としてまた詩人としての祷りだったように思えます。まだ女性が社会的に立場の弱かった時代を賢明に生きて、永瀬清子は独自の祷りを作品に投影させてきたのではないでしょうか?この詩集全体のなかには、この作品を読み解くキーのような言葉がちりばめられています。

   目ざむれば しわぶきつつ
   わが老いたる鬼女は
   薄き粥煮んと

   老いるとはロマンチックなことなのか

   私が何十年も詩を書いているのは
   ほんとはあなたに出会うためだった

これらの詩行はそれぞれ別個の作品からの抜粋ですが、「あけがたにくる人」とは誰なのか?ということを考える時に、その「人」は「恋人」であり、「詩」であり、終わることのない永瀬清子の「切なる願い」だったいうことが見えてくるのではないでしょうか。


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