婚礼を飾る花輪   シルヴィア・プラス
                  (1932‐10‐27〜1963‐2‐11)

一度限りのこの決めごとに立ち会う者が
緑の木の葉だけだとしても、
ふくろうだけが「はい」と言い、牝牛たちが
賛成のうなり声をあげるだけでも、構いはしない。
輝く法衣を着た太陽に二人を静かに祝福させよう。
二人の簡素な契りには二重の幸運が付き添うはず。

刺すいらくさの僧院に一日中臥して
横たわる二人のそれぞれの感覚をサヤヌカグサの
強い香りが刺激する。純粋な愛の化身となって契り合い
二人はその求め合う闘いを通してただ一つの生をさぐる。
さあ、今は愛にふさわしいこの聖堂(チャペル)での婚礼に
ためらいを捨て去る宣誓の儀式を行なうがいい。

木の葉の茂る礼拝の通路いっぱいに、
勝ちほこって旗をなびかせ、見守る鳥たちを集めよう。
獣たちに賑やかな声を合わせて歌わせよう――「ごらん、
なんと見事に翼を震わせている儀仗兵たち!」と。
満天の星さながらに言葉をちりばめた夜の空よ、祝福したまえ
天使のように二人が燃えて一つになる幸せのクローバーの野を。

この聖なる日から、風に吹かれる花粉はすべて
たぐい稀なる一つの種子を運びはぐくむに違いない。
ひと吹きごとにかくも豊かな風は地上にもたらす、
地上で果実を、花を、そして子供たち――争いの元の”恐竜(ドラゴン)の歯”を
打ち滅ぼしてくれるすばらしいその軍団を。
この約束の言葉と共に現し身は結ばれて、栄えある未来を迎えますように。


――「シルヴィア・プラス詩集・吉原幸子&皆見昭訳・1995年思潮社刊」より


 実はわたしは2005年2月3日に映画「シルヴィア」を観ました。全く詩人シルヴィア・プラスへの予備知識がなかったわけではないはずですのに、かなり混乱してしまい「シルヴィア・ショック」を引き起こしてしまったようです。今はどうやら冷静に考えることができるようになりました。
 サマセット・モームの「月と六ペンス」には「恋人として男と女がちがう点は、女は一日中恋愛をしていられるが、男はときどきしかできないということである。」という箴言(?)があります。この詩のシルヴィアのこころの高揚ぶりには、そのような言葉をふと思い出さずにはいられません。これは皮肉ではありません。このモームの言葉は、激しい恋をする女性が、やがては陥るであろう深い孤独感の在り処を見事に言い当てていると思うからです。
 また、ラ・ロシュフコー箴言集にある「われわれは希望に従って約束し、怖気に従って約束を果たす。」も思い出しました。この本は映画を観た数日後に、映画の同行者に頂いたという「えにし」もあるのかもしれませんが…。 

 シルヴィア・プラスは米国マサチューセッツに産まれる。1955年フルブライト奨学生として英国ケンブリッジ大学に留学する。1956年2月に、そこで詩人テッド・ヒューズと出会い、6月に結婚する。同年にこの作品は書かれています。二人の子供に恵まれながらも、夫の女性問題、詩人としての停滞に苦しみ、わずか7年の結婚生活ののちガス自殺しました。この自殺に至るまでのシルヴィアの心の軌跡を辿れば、少女期から書き始めなければなりませんし、ドイツ人の父親の死などについても書かなければなりませんので、それは省きます。

 なによりも、わたしをこの作品に立ち止まらせたものは、シルヴィアの「歓喜」のまぶしさです。七年後の自殺の予感など微塵もありません。テッドとの愛の出発点において、シルヴィアがそこに預けた希望がいかにおおいなるものであったことか……。


※ シルヴィア・プラスについては、「高田昭子日記」にも書きました。そちらも合わせてお読みください。


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