端役たち     天野忠
          (1909〜1993)


   破れた去年の蝿叩きをふりふり
   雪積む中を
   男が歩いて行く

   壊れた湯たんぽを抱きしめながら
   夏の炎天裡
   女が歩いて行く ひとりぼっちで

   野越え
   山越え
   ……………

   地獄の門の前で
   彼らは しみじみと
   お辞儀をした

   ――おかわりありませなんだか
   一人が云った
   ――おかげさまで、どうやら
   一人が答えた
   それから門があいた

   ――おいで とやさしく
   鬼の小役人が招いた。

――『動物園の珍しい動物・1966年・文童社刊』より。

おおかたの人間は「端役」を生きているのだろう。しかしこの詩の「端役」たちは驚くほど見事なものである。男は雪の季節に、破れた去年の蝿叩きを持っている。女は炎天裡に、壊れた湯たんぽを抱いている。なんとも頓馬、間抜け、ずり落ちそうな人生の山坂を二人はそれぞれにとことこと歩いて生きてきた。その末に、やっと二人の男女は地獄の門の前で巡り合うことができたのだ。お互いに深々とお辞儀を交わし、過去など嘆くこともなく、それぞれを思いやりながら……。このようにしてしか再会することのできない男女もこの世にはたくさんいることだろう。

詩人安西均の詩に「八十歳になったら結婚しましょう」という詩がある。いのちの水際で、ひとにはほんの少しだけ、とても心の内が自由になれる時間が与えられているのかもしれない。その時間のなかに、人間は果たせるか果たせないかわからないが、できることなら果たしてみたい約束や夢を預けることがゆるされているのではないか?

最後に、天野忠はそこにやさしい鬼の小役人を登場させて、やっと読者を微笑ませてくださるのだ。青鬼?それとも赤鬼かな?その門の向こうに行った二人は、季節ごとに蝿叩きと湯たんぽを共に譲り合いながら暮らすのだろうか?地獄も悪いところではなさそうだな。


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