ひよめき   征矢泰子
            (1934〜1992)



すこしずつすこしずつ
閉じながらしずんでゆくわたしのなか
そこだけ閉じきれないひよめきがあって
そこだけいつまでもやわらかくときめいて
ひたすら待ちつづけるひよめきがあって
くらしの知恵も社会のしきたりも
このよの損得も見栄も外聞も
そこだけ見のがしてしまったひよめきがあって
そこだけいつまでもひよわくきずつきながら
執拗に待っているのだ
触れたその刹那にだけわかる
生まれてきたほんとうの理由(わけ)をみるまでは
けっして閉じまいとそこだけひらいている
ちいさなひよめきが あるのだった


――詩集『すこしゆっくり』1984年・思潮社刊 より――


「ひよめき」とは「顋門」のこと。幼児の頭蓋骨がまだ完全に縫合の終わっていない状態の時、脈博につれて動いて見える前頭および後頭の一部。あるいは「ひよひよとした」様子を指して言うことば。いずれにしても、産まれたばかりの人間の肉体のなかで、もっともひ弱でこわれやすいものだったところです。人間の肉体の構造としての「顋門」はきちんと閉じたのだけれど、詩人征矢泰子の内面にある「顋門」はついに閉じることはなかった。

わたくしが、どのようにしても逃れることの出来ない哀しみや寂しさに襲われるたびに、きまってこの詩がうつくしく、かぼそい声で歌いだすのです。征矢泰子は58歳で自死しました。これが詩人征矢泰子のぎりぎりの生だったのかもしれません。


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