ひとり   エドガー・アラン・ポー
                (1809〜1849)

子供時分からぼくは他の子たちと違っていた――
他の子たちが見るように見なかったし
ふつうの望みに駆られて夢中になったりしなかった。
悲しさだって、他の子と同じ泉からは
汲みとらなかった――心を喜ばす歌も
みんなと同じ調子のものではなかった――
そしてなにを愛する時も、いつも
たったひとりで愛したのだ――だから
子供時分のぼくは――嵐の人生の前の
静かな夜明けのころのぼくは――
善や悪のはるかむこうの、あの神秘に
心をひかれたのだった――そして今も、そうなのだ――
今も、あの奔い流れや、泉に――
山のあの赤い崖に――
金色にみちわたる秋の陽の
自分をめぐる輝きに――
疾風のように空をよぎるあの稲妻に――
雷のとどろきに、そして嵐に――
そして雲に
(青い大空のなかでそれだけが)
魔力ある怪物となった雲に――
そうなのだ、そんな神秘に心ひかれたのだ。


――「対訳 ポー詩集・加島祥造編・二〇〇三年第二刷・岩波文庫」より――


 この作品はポーが十九歳のときに書かれたものです。わたくしがポーの詩を再読するきっかけとなったものは、埴谷雄高著「幻視の詩学―わたしのなかの詩と詩人・2005年思潮社刊・詩の森文庫―003」のなかの「ポオについて」でした。
 埴谷雄高は、少年期におけるみずからの存在の「違和感」や「孤独感」を「蝋燭の時期」あるいは「闇への偏奇」と名付け、ポーの少年期における孤独感へ重ねているようでした。いや重ねるというよりも、その「闇への偏奇」は時代を超えていくたりかの詩人あるいは哲学者へと、次々に手渡されてゆくものだということかもしれません。精神世界においては、時代は決して新しくなるものではないのですから。
 これは埴谷雄高とポーとの時代を超えた、精神世界の引継ぎ作業ではないだろうか?

 このポーの作品は「詩のうまれるところ」はどこなのか?という問いかけに応えているかのようです。大人になってからも、ついに消し去ることのできなかった少年期の孤独、その「闇」の神秘性への驚きを手放すことのできなかった者だけに見える「詩あるいは愛の水源」といえばいいのでしょうか?

(二〇〇五年八月二十日記)


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