アンタッチャブル・ワールド    征矢泰子
                             (1934〜1992)

   汗ばんだあなたの裸身を両手でだきしめるとき。
   わたしはのこされた最期の現実に触っているのだ。
   もっと多くのものに触りたい手のさびしさは。
   氾濫するうつつの映像にただむなしくさしのべられて。
   さわれないうつつ、ふれあえないうつつ。
   こんなにもたえずいっぱい見つづけながら。
   その指先はけっしてとどかないうつつは。
   鏡の中にとじこめられている。

   目ざめても目ざめてもまるでなおゆめのつづき。
   のようなこの日々のよそよそしさは。
   少しずつたましいをやせほそらせてゆく。
   溺れても溺れても濡れない海の中で。
   生きているうつつにさわれないでなお生きていく。
   身体はどこまでたましいを生かしつづけることができるだろうか。
   どれほどにはげしく、どれほどに深く。
   あなたに触りつづけたとしても。
   一人のあなたでは世界はまずしすぎるとしたら。

――遺稿詩集『花の行方』1993年・思潮社刊 より――

同詩集よりもう一編「死の棘」を紹介いたします。

   さがされて、いたい。
   うまれて、しまった以上。
   いやされるなどのぞむべくもなく。
   せめてただ、だれかに
   さがされていたい。
   うみおとされたときからささっていた。
   ささやかなめいめいの死の棘。  
   (中略)
   さがされていたいとそんなにも執拗にねがいながら。
   さがすものでしかありようもないひとたちがさまよう。
   (後略)

なんと寂しい詩だろう。
征矢泰子は58歳で自死しました。50代と60代との境目、これは女性にとって大変に微妙な季節、ここで女性は「何か」を決めるのです。そこからの生き方の取捨選択をするのです。わたくしの記憶のなかでは、この詩人は美しく華やかな女性でした。この詩集は死の翌年に家族の手によって出版されました。自死の理由を詮索することは避けたい。
この一冊の詩集のすべてが「死」へ向かっている。しかしそれは「死」を覚悟して詩作をした、というものではないように思います。征矢泰子の美しい(この言葉がとてもよく似合う詩人だ。)詩には、いつも「死」がやさしく寄り添っていた。それが征矢泰子の詩をさらに美しいものにした。哀しいことだがそう思うしかないのです。「死」が彼女の「詩」への捧げ物だったのではないか?と思えてならないのです。

「自死」……それをわたくしは「何故?」とは問わない。そのような「生き方」しか選べなかった人間もいるのだと思うしかないのです。彼女の「死」を思いとどませるものがこの世には、ついになかったのです。どのように手を伸ばし、世界をまさぐっても、ふれてくるものはついになかった。さがしてくれるものもいなかった。この深い寂しさは、溺れた海のなかですら濡れることのない魂の寂しさのようなものです。たとえ優れた仕事をたくさんなさった彼女であっても。

この寂しさは人間ならば誰にでもあるはずのものです。詩人征矢泰子の繊細で鋭い感性は、それゆえに、その寂しさを残酷なほどに深く受け止めるしかなかったのではないでしょうか。  


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