氷の店   安西均
         (1919〜1994・福岡県生まれ)


   戦に荒れた街の 海近い一軒の氷菓子屋
   ひとときここの坐りにくい木椅子にきて
   飲みほしたあとですぐまた咽喉がもえるような
   はかなく冷たい悔いをすすってゐる
   どこからともなく吹いてくるかはたれの風が
   あたりいちめん雑草の穂波をさわがせ
   かくれた雀などふいに飛びたたせるが
   待っている人はまだ来さうにない
   たぶんあの人は 廃れた袋路や
   あとかたもない家並のあとに立迷ひ
   今はそのような私の心を探しあぐねて
   巷のなかを行きつ戻りつしてでもゐようか
   もうすぐ海から大きな月がのぼってくる
   私はいま木椅子を離れる――坐りにくかった私の青春の椅子を
   溶けるにまかせた氷菓子のやうにしづかに
   ひそかな約束を崩して。

――『現代詩文庫17・安西均詩集・1969年・思潮社刊』より――

この「現代詩文庫」は安西均自身が、4冊の詩集「花の店」「美男」「葉の桜」「夜の驟雨」および未刊詩集のなかから自選をされて、五つの章に再編集されたものです。作品「氷の店」はその二章に収録されています。これ以上のことは残念ながらわたくしにはわかりません。

詩人安西均には兵役体験はありません。新聞記者としての視点から、さながらカメラ・アイのように切り取ったようなすぐれた戦争詩「小銃記」「屠殺記」などの長編詩がありますが、あえてこの作品を選びました。この作品は敗戦間際か、あるいは敗戦直後あたりの時期に書かれたものでしょうか?この時期には、安西均は同人たちがほとんど兵役にとられ、一人で同人誌を守りつづけていましたが、その努力の尽きる時期でもあったと思われます。このような青春のあやうさと深い虚無感を、「待つ人の来ない」男の寂しい風景に重ねて、美しい抒情詩に書きあげています。廃墟を彷徨いながら、ついに恋人の心も探しあぐねているであろう女性の哀しさも、その向こうに見えています。

「屠殺記」について、少しだけ記しておきます。これは戦時下の上野動物園で、猛獣たちが「ストリキニーネ」で毒殺されたことと似た事件である。ある地方都市の市議会では動物園の猛獣たちを銃殺することを決議した。毒殺を避けたのは、あとで食肉代用とするためだったとのこと。安西均が支局の駐在員だったときの実話にもとづいて書かれた作品である。


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