夢   鳴海英吉
      (1923〜2000、東京・上野生まれ)


   作業中ぼんやりと立っていた男が ふっと
   とうめいなものを見た と言う
   とうめいなものが見える訳がない
   何故だ
   とうめいなものがどうして見えないのか
   見てはいけないのか
   そう言う男は すきとおっていた

   厳寒(マローズ)のなか 立ったまま死んだ男は
   そう言い切ってしまったあとだ
   その男の魂の抜けた分だけ ちぢこまって
   ひとまわり 小さくなっていた
   昼間から夢を見ている奴は死ぬぞ
   この厳寒は 頭の中を狂わせる
   身体のどこでも凍る

――『定本・ナホトカ集結地にて』1980年・青磁社刊 より――

鳴海英吉は1944年21歳で出征、ふさ子という女性と生きて帰れたら結婚するという約束をしている。しかしふさ子は、1945年5月に横浜大空襲で死亡。鳴海は敗戦後にシベリア抑留となる。ツダゴウ、サカロフカ、マンゾフカ、セミヨノスカ、最後がナホトカであった。この作品はその時期の体験から書かれたものと思われる。

鳴海英吉は1947年8月15日舞鶴に帰国、24歳であった。この時鳴海は危険を冒してまでも「抑留者名簿」を持ち出し、帰国後、それをもとに抑留者家族に戦友たちの安否を伝えたという。しかし鳴海の生還への希望を支え続けた「ふさ子」の死は鳴海英吉を深い悲しみとさらなる戦争への怒りのなかに追いやった。「焼き殺されたふさ子」「五月に死んだふさ子のために」など恋人への鎮魂の詩もあります。


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