軍人(The Soldier)   ルーパード・ブルック
                    (1887〜1915)

万一ぼくが死んだなら ぼくのことはただ次のようにだけ思ってください、
どこか異国の野の片隅に
永遠にイギリスである場所が存続するということを。
そこの肥沃な土の中には もっと肥沃な土くれがかくされているはずだ。
その土くれと化した肉体はイギリスが生み 形を与え 意識をもたせたものだった。
かつてはそれに 愛するようにと花を さまうようにと小道を 与えてくれたのもイギリスだった。
それは イギリスの空気を呼吸し
川の水で洗われ 故郷の太陽によって祝福されたイギリスの肉体だったのだ。
そしてまた 次のようにも思ってください。すべての邪念を洗い流したこの心が
不滅の心のなかのこの鼓動が 同じように
イギリスから与えられた数々の思いを どこかにお返ししているのだと。
イギリスの風景と響き 昼間と同じように楽しいイギリスの夜の夢
友達から学んだ笑い そしてまたイギリスの空の下にある
平和な心の穏やかさを どこかにお返ししているのだと。

(田中清太郎 訳)

ルーパード・ブルックはイギリスの詩人です。スポーツマンで立派な体躯の美青年で「黄金の若きアポロ」と讃えられ、当時のイギリスにおける理想的な青年像でした。その時代に合わせるように彼は英雄的愛国者となってゆき、彼の詩は第一次大戦昂揚の時代に熱狂的に迎えられることとなった。そして戦病死、わずか27年の生涯であった。

「The Soldier」を田中清太郎は「兵士」ではなく「軍人」と訳していますね。
そう、彼は海軍少尉です。田中があえて「軍人」と訳したのは彼自身の体験によるものです。彼はかつて召集令状によって徴兵された。これを彼が拒めば、家族や親戚は「非国民」として、憲兵からどのような辛い目にあうかわかっている。自分だけが「死ぬ覚悟」で出征すれば、他の犠牲者は出ない。それが「兵士」というものだったという田中自身の深い思いがあったのです。
1915年に発表されたこの詩は、復活祭の折にロンドンのセントポール寺院において、神学者、哲学者であるイング副監督によって朗読され、戦勝祈願したという。また、ブルックの戦死に対しても「彼は、イギリスの最も立派な若者たちはぜひこうあってほしいと誰もが望むとおりの人物であった。」という賛辞と追悼は、ウィンストン・チャーチル(のちの第二次大戦時の首相)によって、新聞報道されたのである。若く美しい詩人ブルックは、その同年に、作り上げられた「偶像」のまま夭逝したのだ。
この詩は「戦勝祈願」のために書かれたものではない。「死」を覚悟した若者が「祖国への祷り」として書かれたものだとわたくしは思います。


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