戦争   北川冬彦
          (1900〜1990・滋賀県生まれ)

 
   〈戦争〉
    
    義眼の中にダイアモンドを入れて貰ったとて、何
   になろう。苔の生えた肋骨に勲章を懸けたとて、そ
   れが何になろう。

    腸詰をぶら下げた巨大な頭を粉砕しなければなら
   ぬ。腸詰をぶら下げた巨大な頭は粉砕しなければな
   らぬ。
    その骨灰を掌の上でタンポポのように吹き飛ばす
   のは、いつの日であろう。


   〈大軍叱咤〉

   将軍の股は延びた、軍刀のように。

   毛むくじゃらの脚首には、花のような支那の売淫婦
   がぶら下がっている。

   黄塵に汚れた機密費。
  

   〈鯨〉

   巨大な鯨を浮かべると、海峡は一瞬ののち壊滅されて
   しまった。

   無辜の海峡。

   いな。いな。正された方向の方向。

   悪は、すでに巨大な鯨を浮かべたところにあるのだ。

   海峡への思い出、これも立派な悪の所業也。

   巨大であること、それは凡て悪である。悪に
   ほかならん!


   〈馬〉

   軍港を内蔵している。


――『戦争―A Riichi Yokomitsu・1929年・厚生閣書店刊』より――

滋賀県大津市で生まれた北川冬彦は、小学校1年生のときに家族とともに満州へ渡り、大連、旅順などで過ごしています。北川が東大在学中に帰省先の大連で、大連在住の詩人安西冬衛らとともに短詩運動の前衛的詩誌「亜」を創刊しています。この二人の詩人の「海峡」という共通の言葉へのこだわり方に、あの大陸を踏んだ人間だけに与えられるであろう独自の広がりをもった視線と感性を感じます。それは島国にあった「村」の拘束や「故郷」の神話から離脱した感性ではないかと思うのです。
この「戦争」という詩集は、詩人北川冬彦の出現を賞賛し激励したといわれる横光利一に捧げられているようですね。

   巨大であること、それは凡て悪である。

この1行は詩人田村隆一の「緑色の顔の男」を思い起こす。「巨大なものはすべて悪である」と……。


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