戦 争   中桐雅夫
            (1919〜1983・福岡県生まれ)

   
   砂にまみれた人間の頭
   無限に延びる赤い糸、
   溶けてゆく金属、うすく開いた眼、
   半裸の女、
   世界の端で、
   それらを僕は見たように思った。

   ゴムの葉が裂けとび、
   僕らは夢中で走った、
   僕らは狂った、
   右手の人差指が僕の意思に反してぴくっと曲がり、
   君の姿は消えてしまった、
   僕は君を殺したのだ。

   僕の指と君の心臓とをつないだちいさな鉛の塊り、
   ちいさな歯、ちいさな足、すべてのちいさなもの、
   世界の端で、
   それらを僕は見たように思った。
   だが、ピイタア!
   なぜ君は、君を殺した僕に微笑みかけるのか。

   とおいところから、
   飴のように流れてくる、
   ためらいながら近寄ってくる友よ、
   君の名がヘンリイだったか、
   あるいはまた、ロバアツだったか、僕は知らない、
   だが女を殺した僕を、君はどうして咎めないのか。

   かつては美しいと思っていた国に、
   僕らはやっと帰ってきた。
   僕の軍靴はやはり泥にまみれて、
   いま、東京の穴だらけの舗道を踏んでいるが、
   君はどこで咳(せ)いているのか、
   どこで血のチイズをなめているのか。

   だが、君には見えるだろう、
   友を殺したあわれな男が、
   世界の端で、土竜のように匍いまわっているのが。
   そして君はわかってくれるだろう、
   生き残って、生きつづけるということが、
   死よりももっと苦しいことを。

――『現代詩文庫38・中桐雅夫詩集・1971年・思潮社刊』より――

詩人中桐雅夫は結核のため、兵役は免除されているはずですから、この作品は彼自身の体験ではないでしょう。おそらく南方のどこかの島で、そこの島民を殺してしまった兵士の辛い体験を、取材して書かれた作品と思われます。なぜ殺したのか?については書かれていません。しかし「戦争」が生みだす人間の「狂気」について、また「服従」という人間の卑屈な哀しみについて告発しています。そして敗戦後の祖国に戻り、もう「戦争行為」をしなくてもよい時期を迎えたときから、人間の本当の苦しみははじまるのです。「狂気」を経たあとで、その苦しみは生きている間ずっと続くことになるのだろうとおもいます。

かつて亡父は戦後の貧しい暮らしからどうやら抜け出して、家族が安泰な暮らしていたと思われる時代には、父の日々は平凡なものに見えました。しかし父の最期の病床では、末期癌のために投与されている薬物のせいか、さまざまなことを語りはじめました。そのほとんどが「戦争」に結びつくものでした。旧満州での青春期から最期の日まで、やはり父はずっと「戦争」に足首を捕まれていたのだと思い知らされました。その時、戦後五十数年をかけて父は「戦争」に殺されるのだと思いました。


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