子供の徴兵検査の日に   金子光晴
                      (1895〜1975・愛知県生まれ)

癩の宣告よりも
もっと絶望的なよび出し。
むりむたいに拉致されて
脅され、
誓わされ、
極印をおされた若いいのちの
整列にまじって、
僕の子供も立たされる。

どうだい。乾ちゃん。
かつての小騎士。
ヘレニズムのお前も
とうとう観念するほかはあるまい。
ながい塀のそっち側には
逃げ路はないぜ。
爪の垢ほどの自由だって、そこでは、
へそくりのようにかくし廻るわけにはゆかぬ。
だが柔弱で、はにかみやの子供は、
じぶんの殻にとじこもり
決してまぎれこむまいとしながら、
けずりたての板のような
まあたらしい裸で立っている。

父は、遠い、みえないところから
はらはらしながら、それをみつめている。
そしてうなずいている。
ほほえんでいる。
日本じゅうに氾濫している濁流のまんなかに
一本立っているほそい葦の茎のように、
身辺がおし流されて、いつのまにか
おもいもかけないところにじぶんがいる
そんな瀬のはやさのなかに
ながされもせずゆれている子供を、
盗まれたらかえってこない
一人息子の子供を、
子供がいなくなっては父親が
生きてゆく支えを失う、その子供を
とられまいと、うばい返そうと
愚痴な父親が喰入るように眺めている。
そして、子供のうしろ向の背が
子供のいつかいった言葉をささやく。
――だめだよ。助かりっこないさ。
この連中ときたらまったく
ヘロデの嬰児殺しみたいにもれなしで
革命会議(コンベンション)の判決みたいに気まぐれだからね。

――詩集「蛾・北斗書院・一九四八年刊」より――


 すでに、このアンソロジーに紹介した金子光晴の「召集」にも書いたように、第二次大戦時に息子「乾(1925年生まれ)」の召集を拒み、逃れ、反戦の意志を貫こうとした金子光晴でした。「召集」を先に読んで頂くと、この詩の意味がより理解できると思います。金子はどのような手段を使おうとも、息子を戦争に獲られることを拒否しようとした強い意志が感じられます。
 これらの詩作品は、書かれた当時は当然発表することのできないものばかりで、敗戦が初めてこれらの詩に息を吹きかけたと言えるでしょう。

 冒頭の一行「癩の宣告よりも・・・・・・」は、この時代から読みますと、なんという比喩を使ったのか!とお怒りの方もいらっしゃることでしょう。しかしこの金子光晴でさえ、この比喩を書いたというほどに、この時代の「癩」の意識は未熟だったということでしょう。


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