米    天野忠 
         (1909〜1993・京都生まれ)

  
   この
   雨に濡れた鉄道線路に
   散らばった米を拾ってくれたまえ
   これはバクダンといわれて
   汽車の窓から駅近くなって放り出された米袋だ
   その米袋からこぼれ出た米だ
   このレールの上に レールの傍に
   雨に打たれ 散らばった米を拾ってくれたまえ
   そしてさっきの汽車の外へ 荒々しく
   曳かれていったかつぎやの女を連れてきてくれたまえ
   どうして夫が戦争に引き出され 殺され
   どうして貯えもなく残された子供らを育て
   どうして命をつないできたかを たずねてくれたまえ
   そしてその子供らは
   こんな白い米を腹一杯喰ったことがあったかどうかをたずねてくれたまえ
   自分に恥じないしずかな言葉でたずねてくれたまえ
   雨と泥の中でじっとひかっている
   このむざんに散らばったものは
   愚直で貧乏な日本の百姓の辛抱がこしらえた米だ
   このうつくしい米を拾ってくれたまえ
   何も云わず
   一粒ずつ拾ってくれたまえ。

――『単純な生涯・1958年・コルボオ詩話会刊』より――

この作品は詩人天野忠の激しい怒りの声である。
戦後数年間、配給される食糧だけでは、どこの家庭も充分ではなかった。子供たちは飢える。当然「やみ米」を求めて農家へ買出しに行くことになる。あるいは「かつぎ屋」という人々もいて、買った「やみ米」をさらに売って、それを生活手段としていた。しかしその行為は「違法」だったわけだ。駅には時として「警察」が待ち構えていて「摘発」する。だから駅近くなると「やみ米」を車窓から投げ出しておくのだろう。おそらく大半の人々がこうして食糧を調達したはずだ。これは「米」に限らず、他の食糧もそうであっただろう。この時期のことは父母の話から想像するしかないのだが。
「戦争」はまず「死」と「飢え」を生むのだ。緑土を焦土とし、やすらかに眠る家を奪うのだ。なぜ、それを人間は繰り返すのだ。


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