香水――グッド・ラック   吉野弘
               (1926〜山形県生まれ)

 
   五日間の休暇を終え
   日本のテレビの画面から
   ベトナムに帰るという
   兵士に

   グッド・ラック
   司会者は
   そう、餞けした

   年は二十歳
   恋人はまだいません
   けわしい眉に微笑が走る
   米国軍人・クラーク一等兵

   司会者が聞いた
   戦場に帰りたくない気持が
   少しはありますか

   君が答えた
   ありますが、コントロールしています 

   戦う心の拠りどころは
   何ですか

   ――やはり、祖国の自由を守る
   ということではないでしょうか
   小柄で、眼が鋭い

   細い線を曳いて迎えにくる一条の死
   機敏に、避けよ、と
   戦場は
   君のわずかな贅肉をさらに殺(そ)ぎ
   余分な脂肪と懐疑を抜きとり
   筋肉を細く強く、しなやかにした

   これだ
   戦場の鍛えかたは

   その戦場に帰ろうとする君の背に
   グッド・ラック

   祝福を与えようとして手に取り
   ――落として砕いてしまった
   小さな高貴な香水瓶
   の叫びのようだった言葉

   グッド・ラック

   なんて、ひどい生の破片、死の匂い

   たちこめる強烈な匂いの中に
   溶け入るよう
   蒼白な画面に
   君は
   消えた

――「感傷旅行・1971年・葡萄社刊」より――

イラクで活動中の陸上自衛隊が使用する物資輸送のため、海上自衛隊の大型輸送艦「おおすみ」が2004年2月14日午後2時、約150人の隊員を乗せて広島県呉市の海自呉基地を出港した。出港に先立ち、石破茂・防衛庁長官らが出席して激励行事が行われた。イラク復興支援特別措置法に基づく派遣は、航空自衛隊、陸上自衛隊に続くもので、3自衛隊が初めて海外でそろうことになる。

この日、家族250人を含む激励行事(これで3度目か。)では、石破長官が乗員約100人を前に「崇高な任務に従事される諸官に心から敬意を表する。」と訓示をした。艦内で記者会見に応じた第1輸送隊司令の椋尾康広1等海佐(54)は「(陸海空の)3自衛隊がひとつの目的に向かって行動するのは非常に少ない機会。自衛隊として新たな実績になると考えている」と語った。空しい言葉だ。からだが凍えるような言葉だな。

この日のテレビ画面で見た、幼子を抱いている自衛官の若い妻の泣き出しそうなひきつった表情を忘れることができない。「言葉」などないのだ。このような時に用意されている「言葉」などあるはずがないのだ。


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