むしのいし
 

ちいさな石を水泡になじませ、岸辺にいるかのごとく、森のかたえで、だれかいますか、ひらこうとするわかれは、いつだって坂のむこうをたむけるようだった。つまり喪失は、ひとりでにかれをあたため、ときおり模様すらはこんでいたのだが、ぬるい陰翳、られつのなかの共有、むしのいきをすわせ、うかんでいた、みだれた点をおきざりにしながら、流失をよせるようにして、だれかれも、やくそくでもあったかのように、またね、ざわめきをかたむけているのだった。耳のなかでくぐもるので、するするとだいじさをかためる、まだいりません、さようなら、すくなくともそんなふうにほうりこまれたから、波紋だったか、心音のようでもあって、いないことを線のなかでこぼし、なれていったような気もしたのでした。われた予感にふところをかしげ、坂のしたを水にみたて、石たち、ずいぶんとたくしてみる。はがれたところが気にかかって、どこまでもはしりたくなって、なげてみようか、かれをしじまだ。だが市場としての日時をやぶき、こまかい種のようないってきがあったかと、たずねるようになったのはそのときだったとおもう。わたしはだんだんむしをあたため、ひとことたちがぬるんでいた、つめたくなってでていった、あのほとばしりを、ひさしぶりですね、点のまわりに比重をうすめ、こくなった箇所をたずさえたくなっていたのだから。ならばかえてもらえませんか、石にわれた反映にみおをつなぎ、ひなたのゆらぎ、かけた日ざし、ちかさをもらしながらもぐっている。よんでいるすがたのまま、かれはよこたわるむしをうけわたしにでていったと、またね、かわきたちがあやぶみ、あせばんで、線をみるみるちりばめていった、けれどもそれはもっとあとのはなしだ。いまは、だれかれは交錯しないわけではなかったが、地面に水分が反響しすぎていたのかもしれない、といっておく。きえましたか、石けりあそびも、なごりのようにざらついて。木々をまね、くぼませたかれは、ひらいたくちでむしのいきをたずねている。てのひらにあつみをのこし、つなぐことをうかべるので、おおってください、けれどもまだいませんね。坂のうえではまざる残影をいつでもかんじた。かえたくなかったから、かぞえるんです。交換して、まだはなせますか、消失したままにもどるのだろう。岸をそよぐはねのような森がわきたっていた、わけいってゆく。じゃあ、きっとまたね。

初出:『ポエームTAMA』38 2007.5


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