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慰安 --- 忘れ物



慰安


空は紫斑を浮かべ
街を微熱がゆきすぎる
逝く人影の寂寥にかられ
眉あげる老人の皺の深みから
寛やかに街道はひらけている

生き継ぐための地も時も
赦そう
あり得ぬ詩情の匂いだけを
嗅ぎわけて来たのだから

けれど
軒低く盆栽は割れ
家並は何を堪えて揺ぐか
狭い格子の隙間から
音調は低く流れて



  初出「増幅器」3号(1975年)

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   忘れ物


   ひかる川を渡ると
   その街道は西にむかってのびていて
   粗忽な神の忘れ物のように
   てんてんとひとびとが生きております。

   低い家並み
   早春の陽は家々の屋根をあたため
   庭の椿は固いつぼみを
   ゆっくりとほぐしておりました。

   春陽を背に 首をかしげて
   あちらから歩いてくるのは
   あなたですか?
   古いアリアを小声でくちずさみながら。

   もう赦されてもいい
   もう赦してもいい
   いいえ 赦しなどとうに無縁な
   わたしたちは時の忘れ物でした。



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