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雲の旗 --- 紡ぐ



雲の旗


あなたの高さから
臨むことができるだろうか
今日も不安に傾ぐ鉄塔から
送電線が蜘蛛の巣のように垂れて
醜悪な大地の貌をかかえこんでいるのが

錯綜する関係の網の目を掠めて
遠い夕雲の果てに降る光の花を
仰ぎみていたあなたは
黒点のような幻となって
永遠の夕陽の中から見降ろしている?

虚しい空の花に焦がれて
破れた羽根を震わせ
言葉の届かぬ高みへ逃れた
あなたを記憶が浄化する
まるであなたが自在に空を翔け
類ない光の花々に
巡り会えたかのように

けれどあなたの苦しい触角の怯えや
暗い沈黙の夜々の中で
織り続けられた精緻な旗が
あなたの孤立の証しのように
仕上がらぬ姿のまま
不在の部屋に投げだされていたのだ

凄惨な大量死の時代に
死はやすやすと生から切り捨てられ
雪崩れる夕焼けにまぎれこむ
あなたの死の理由が見いだせないことが
あなたの生の理由ではなかったのか

あれほど澄んでいた空の片隅が
無残な柩車の轍に汚れている
解けぬ疑問符ひとつを残して
いたずらな時の運びが
叫びを唄のように吹き流す

それから優しい寡黙が破綻して
王国は内側へ倒壊した
その黙劇をあなたは知らない
あなたの耳はおしやぶれ
あなたの瞳は燃えつきていたから

どんな浄化が償えるだろう
あなたと地上を結ぶものは
けして距離などではなく
無定型に拡がっていく傷口を前に
盲従することが強いられる時に

空白を縫合することが赦しなのか
私もまた野に黒点のように立っている
あなたの愛した夕雲の旗はどこにもなく
山の端に炉のような落日が
滲んでいくのを見ている



  初出「VOWEL」2号(1981年)

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   紡ぐ


   糸を紡ぐ
   端からほぐれてしまう糸をさらに紡ぐ
   失うものなどなにもない朝
   やっと紡がれた糸で
   一枚の白布を織ることから一日がはじまる。

   開く花の色
   凪ぎる海の蒼
   金色のひかり
   燃える夕暮れ
   すべては透きとおる寡黙の糸になり

   死の理由を縦糸に
   生の理由を横糸に
   きつくもなく
   ゆるやかでもなく
   白布は一日のいのちを織りつづける。

   やがてくる死との婚姻の朝まで。



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