第十一回目 西脇順三郎の「憂酒」


憂酒

     西脇順三郎


ああ何と言うか
うら街道の夏も第三期にうつり
ツクツクボウシが鳴いている
ほこりにまみれたヨモギの中で
ヤマカガシがひるねをしている
カマキリは地震がこないように
神に青ざめた祈りをささげている
生命の恐怖が人間の頬をゆっくり
つたつて地面に滴つているころ
調布の道をうろうろする
予言の衰頽は
クワイの球根のように
ドロの中にかくされているからだ
パパイ オイモイ!
ミゾソバの咲いているところから
深大寺の方へまがって見る
そこでソバとクワイの幽玄を
かじりながら
ふるえる指先で酒を汲んだ
クイナはもう鳴かなかった

   西脇順三郎『詩集 人類』(筑摩書房)より


○不思議な味わいの詩だ。晩夏のとある日に調布の近辺を散歩して深大寺方面にぬけ、そこで蕎麦屋に入って酒をのんだ。そういうことのスケッチのような感じでありながら、思念のまとっているのは、来るべき天変地異への予感のようなものだ。カマキリは神にいのりを捧げているようにみえるし、「(地震の?)予言の衰頽」がドロの中に隠されているともいう。この地震のイメージ(何か起きそうな感じ)が、どこからやってきたのかわからない。まだ蒸し暑さが残っていて木々の緑の様相が荒れたように感じられる夏の終わりの風景からくるのだろうか。詩が書かれた当時、世界のどこかで地震が起きたというふうなニュースを知ったというようなことから来ているのだろうか。酒を汲む指先がふるえているというのもなんだかこわい。





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