第二十九回目 アポリネールの「ラインの夜」


ラインの夜

          ギョーム・アポリネール


僕の杯は炎のようにわななく葡萄酒でいっぱいだ
足につくほど長いみどりの髪をくしけずる
七人の美女を月の中に見た
一人の舟子(かこ)が歌いだすゆるやかな節を聴(き)きたまえ

あの舟子の歌が僕に聞こえなくするためだ
立って 輪になって踊りながらもっと声高く歌いたまえ
そして僕のそばに連れてきてくれ 髪を編んで巻きつけた
ブロンドの娘たちは一人残さずに

ライン河 ライン河は酔っている 葡萄畑(ぶどうばたけ)を映して
夜の星かげは金色にわなないて降ってきてそこに映ってる
あの声は瀕死(ひんし)の人の残喘(ざんぜん)のようにいつまでも歌いつづける
夏を呪禁(まじな)う緑髪のあの妖精(ようせい)たちの上を

僕の杯は砕け散った 哄笑(こうしょう)のように

        詩集「アルコール」より
        堀口大學訳『アポリネール詩集』(新潮文庫)所収


○夜のライン河の河畔で、「僕」は葡萄酒に酔いしれ、月のなかに七人の美しい妖精たちの幻を見たり、舟子のうたう不思議なうたの調べを耳にする。仲間たちと踊り騒いでも、その歌声は、死に行くひとの吐息のようにいつまでも耳に届き、ついに「僕」の杯は(そのせいで)砕け散ってしまう。河畔の夏の夜の夢のような出来事が美しく描かれている作品だ。文庫本の堀口大學の解説「アポリネール 人と作品」によると、詩集「アルコール」(1913)には、アポリネールが1901年の夏から一年間ドイツのライン河河畔の街オネフでミローという子爵夫人の令嬢の家庭教師をして暮らした時期の思い出を歌った「ライン詩篇」という一章があって、そこには九編の叙情詩が含まれているとある。訳出されている「アルコール」の目次には章だてがないので断定はできないのだが、歌われている内容からして、この詩もそのなかの一編と考えていいと思う。とすればこの詩はアポリネール19歳の時の思い出をうたったもの。河をゆく舟人を不思議な歌声で惑わせて舟を座礁させたというローレライ伝説を下敷きにしながら、ラインの河畔で恋人(アポリネールはガヴァネスというイギリス人少女と恋をしていたという)や友達と楽しく酔いしれた青春時代の思い出の一齣を幻想的に歌いあげた叙情詩といえるだろうか。




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