第四十一回目 小長谷清美の「長い沈黙」


長い沈黙

      小長谷清美


テーブルの下に転がったワインのびんが
足を動かすたびにぶっつかる

足を動かすたびにぶっつかるので
いっそ指でおさえてしまえと

猿の足の指のようなわたしの指で
ワインのびんをおさえてしまう

「これで安心」
もう転がらないから もうぶっつからないから

びんとわたしが同時にいって 両者気まずい思いをする

びんはともかく
わたしは気まずい思いをする必要はないのだが

必要あって気まずい思いをするわけではないのだから
「気にするな」

両者ふたたび同時につぶやき
ハッとして恥ずかしがって長い沈黙

長い沈黙 足の指は緊張で硬くなって
ワインのびんは従来通りに硬くなって

長い沈黙 足の指の持主は
自分がいっそ猿であればいいと願って

長い沈黙 ワインのびんは
自分が猿の足の爪であればいいと願って

この間 テーブルの上の十本の指は
何をしていたか

呆然として字を書いていた
テーブルの下のわいせつな親和性のなりたちのさまを

    小長谷清美詩集『小航海26』〔れんが書房新社)より


○お酒に関連してこの詩に出てくるのは床に転がっているワインの瓶だけ。書斎か台所か居間なのかわからないが、「わたし」が椅子に坐って机にむかっているその足下に転がっているのだから、前日くらいに空けたものかもしれない。机の上で詩を書こうとしているとき、その瓶が足の先に当たって、妙に気になる。つるつるしてひんやりしていて、足の指でつかめそうでつかめない、というもどかしいようなくすぐったいような感触だろうか。そういう足の指とワインの瓶の「わいせつな親和性」のなりたちを、「長い沈黙」といいながらもやや饒舌に描いたこの詩は、なんだかへんな詩である。目のつけどころがへんなのだが、こういうことは誰にも覚えがある。そしてこの「へん」さは、どこか詩を読む喜びに通じている。




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