あれら光るもの

あれら光るもの

三井喬子

視覚世界は多層的だ
表面を覆う透明な世界が瞬時の衝撃と共に破れたので
否 気づいた時にはそうなっていたので
蒼穹には細断されたセロファン紙の小片が漂っている。
流され
押し戻され
渦巻く透明なものたち。

八月の空は永遠なるものに重なっている。
視覚世界は多層的だ
その襞々の間に棲むものを
「魂」というべきだろうか
離脱し昇天した懐かしい人たちの残片が
際限も無くセロファン紙の小片の向こうに重なっている。
セロファン紙が身をそらすと
目鼻立ちがかすかに色濃くなる…

雲一つ無い蒼穹は
窓枠に切り取られていて
わたしたちはそれを「空」と名付ける。
青い空
八月の空
の永遠。
(白熱する無邪気な太陽

残された者の永遠はひどく明るい。
過剰な時間を弄ぶ流れは 常に新しい。
視覚世界は多層的だ
魂の破片のようなセロファン紙が流れているので
渦巻いているので
蒼穹に手を合わせれば
変貌し変容してしまう顔たちである。
(二つめの太陽は落ちたが 三つめはまだ熱い

帰っておいで。
つかの間でも良いから帰っておいで。
空が重すぎるからとか
もうじき目が見えなくなるからとか
様々な理由をこじつけて会いたい人を呼び寄せると
呼び寄せられる 蒼穹に。
病床に太陽の斜脚が伸びるころは
とりわけて動揺するセロファン紙
その拡散し集合する青天の片々を 一枚一枚抓んでみる
ああ 空の秩序は混乱している。
剥がれた諦念がキラリと光り
視覚世界は多層的で
蒼穹には 数え切れない太陽が疾走している。

        『イリプス』Ⅱnd4号 2009/11/1