三月、遙遠の。

三月、遙遠の。

石川為丸

みえかくれするめずらしい南国の蝶を追いかけ
三月は沖縄にいた。
過ぎた時代のずれた斜影をひきずったまま
私はただよい 揺れていた。
あれは、何年も前になる三月でした。母親が癌で入院したとき、私は組織の任務を優先して、見舞いにも行きませんでした。そして、あまりにも急な母の死でした。葬式だけは顔を出しましたが、長い間会っていなかった姉をはじめとして、親戚の人たちに責められました。「母さんに謝れ!」と連れていかれて拝んだ母の寝顔の静かさがかなしく、私には、なにも応えない母の口腔の脱脂綿の白さだけがつらかった
ろくでなしだな 私は 家族への背信を重ねてきたから
幼年期の思い出は すべて家郷の蔵のなかに
置いて出てきたつもりの 私の 
細身の自負すら
南西諸島の風に吹きちぎられそうだった
後悔はしなかったが、そのことが
私に 夕ぐれを複雑に曲げさせることになったのだろう
製糖工場の煙突からけむりが流れる
あまいにおいのただよう街は
安らかな夕暮れの時間に満たされていた
(記憶のそこには 戦争で
炎えあがってゆく街と
多くの死者がいて
くずれ去った 石門があり
人々がうちひしがれていた)
空には変わらないゆうばんまんじゃー
砂糖黍うねる南部の道が続いている
遠い昔のこと
指笛鳴りひびく集会に参加して
警官に頭を殴られ 脳が揺れ さまよった三月の
白く乾いたひともとの道 
ひからびた海星が転がっていた
あすこに置いてきたものを 
いつか引き取りに行こうと思ってきたが
今ではどうしても思い出せないのだ
激しいものはなんだったのか
こころの問いは
琉球石灰岩の穴の一つ一つに染み入る
三月の雨
異土の闇深く入り込んだ、わだかまった根があって
その地下からとりだすべき未知のかたち
うっすらと見えてくるもの
島のひとびとはかたみにささえあうものがあった
私は、私でさまよいゆれるだけで
島でのかなしみを
そのままにして
行くも 帰るもなく
まだ抜け出ていないのだが、
国をめぐるものごとの倒立のなかで
陽の在り処を気づかせるこの島の現在に
誠実な眼と折れないこころをもつものは
くっきりと位置を立てるだろう
そのひとところだけをたよりに
みらいの島と呼んでみる
そこもとに 私は
私の位置を立てるだろうか 


(「非世界」20号)