Over The Hills And Far Away。

Over The Hills And Far Away。

田中宏輔

●なんていうの●名前●なんで言わなあかんねん●べつに●ほんとの名前でなくってもいいんだけど●エイジ●ふううん●ほんまの名前や●そうなんや●エイジかあ●えいちゃんて呼ぼうかな●あかん●そう呼んでええのは●おれが高校のときに付き合うとった彼女だけや●はいはい●わかりました●めんどくさいなあ●なんやて●べつに●鳩が鳩を襲う●鳩と鳩の喧嘩ってすごいんですよ●相手が死ぬまで●くちばしの先で●つっつき合うんですよ●血まみれの鳩が●血まみれの鳩をつっつきまわして●相手が動けなくなっても●その相手の鳩の顔をつっつきまわしてるのを見たことがあるんですよ●それって●ぼくが住んでた祇園の家の近所にあった八坂神社の境内でですけどね●鳩が鳩を襲う●猿がべつの種類の猿を狩っている映像をニュース番組で見たこともあります●自分たちより小型の猿たちを●おおぜいの猿たちが狩るんですよ●追い込んで●追いつめて●おびえた小さな猿たちを●それとは種類の違う何頭もの大きな猿たちが●その手足をもぎとって●引きちぎって●つぎつぎと食べてるんですよ●血まみれの猿たちは●もう●おおはしゃぎ●血まみれの手を振り上げては●ほうほっ●ほうほっ●って叫びながら●足で地面を踏み鳴らすんですよ●血走った目をギラギラと輝かせながら●目をせいいっぱいみひらきながら●こないだ言ってた●よっくんって●いくつぐらいの人なん●50前や●ゲイバーのマスターやったっけ●ふつうのスナックや●映画館で出会ったんやったね●そや●新世界の国際地下シネマっちゅうとこや●たなやん●行ったことあるんか●ないよ●付き合いは長かったの●半年くらいかな●うううん●ぼくには●それが長いのか短いのかようわからんわ●笑●よっくんとの最後って●どうやったん●よっくんか●おれが●よっくんの部屋で●よっくんの仕事が終わるの待っとったんやけど●ひとりで缶ビール飲んでたんや●何本飲んだか忘れたけど●片付けるの忘れてたんや●そしたら●それを怒りよってな●それで●おれの写真ぜんぶアルバムから引き剥がして●部屋出たんや●それが最後や●よっくん●バイバイって言うてな●電車に乗ったんや●電車のなかでも●おれといっしょに写ってる●よっくんに●バイバイ言うてな●写真●ぜんぶやぶって捨てたった●でも●おれ●電車のなかで泣いてた●ふううん●なんやようわからんけど●エイジくんと付き合うのは●むずかしそうやな●そうや●おれ●気まぐれやからな●自分で言うんや●おれ●よう●子どもみたいやって言われるねん●たしかに●でも●そんなこと●ニコニコして言うことじゃないと思った●子どものときに●子どものようにふるまえなかったってことやね●だから●いま●子どものようにあつかってほしいってことやったんやね●きみは●いまならわかる●あのとき●きみが●子どものように見られたかったってこと●いまならわかる●あのとき●きみが●子どものようにあつかわれたかったってこと●でも●ぼくには●わからなかった●あのとき●ぼくには●わからんかったんや●おれ●家族のこと●大好きなんや●ねえちゃん●かあちゃん●とうちゃん●ねえちゃん●かあちゃん●とうちゃん●ねえちゃん●かあちゃん●とうちゃん●ふううん●お父さんって●エイジくんと似てるの●似てるみたいや●とうちゃんの友だちが●とうちゃんと●おれが似てる言う言うて●よろこんどった●いっしょにおれと酒飲むのもうれしいみたいや●鳩が鳩を襲う●関東大震災の火のなかで●丘が燃えている●木歩をかついで●エイジくんが火のなかを歩き去る●凍れ●と●ひと叫び●火は凍りつき●幾条もの火の氷柱が●地面に突き刺さり●その氷柱の上を●小型の猿が飛んでいる●氷の枝はポキポキ折れて●火の色に染まった氷柱のあいだを●小型の猿たちが落ちていく●大きい猿たちが落ちた猿の手足を引きちぎる●血まみれの手足が●燃え盛る火の氷柱のあいだで●ほおり投げられる●ばらばらの手足が弧を描いて●火の色の氷柱のあいだを飛んでいる●大きい猿の手から手へと●血まみれの手足が●投げられては受け取られ●受け取られては投げ返される●鴉も鳩を襲う●ポオの大鴉は●ご存知ですか●嵐の日だったかな●たんに風の強い日の夜だったかな●真夜中●夜に●青年のいる屋敷の部屋の窓のところに大鴉がきて●青年にささやくんですよ●もはや●ない●けっして●ない●って●青年がその大鴉に●おまえはなにものか●とか●なんのためにきたのか●とか●いっぱい●いろんなことをたずねるんですけど●大鴉はつねに●ひとこと●もはや●ない●けっして●ない●って言うんですよ●ポオって言えば●クロネコ●あ●こんなふうにカタカナで書くと●まるで宅急便みたい●笑●燃え盛る火の氷柱のあいだを●木歩をかついで●丘をおりて行くエイジくん●関東大震災の日●丘は燃え上がり●空は火の色に染まり●地面は割れて●それは●地上のあらゆる喜びを悲しみに●楽しみを苦しみに変える地獄だった●そこらじゅうで●獣たちは叫び●ひとびとは神の名を呼び●祈り●踊り●叫び●助けを求めて●祈り●踊り●叫び●助けを求めて●祈っていた●踊っていた●叫んでいた●雪の日●真夜中●夜に●エイジくんと●ふたりで雪合戦●真夜中●夜に●ふたりっきりで●ぼくのアパートの下で●雪をまるめて●預言者ダニエルが火のなかで微笑んでいる●雪つぶて●四つの獣の首がまわる●火のなかで●車輪にくっついた獣の四つの首が回転している●ぼくはバカバカしいなって思いながら●エイジくんに付き合って●アパートの下で雪つぶてをつくっている●預言者ダニエルは●ぼくの目を見据えながら●火のなかを歩いてくる●ぼくのほうに近づいてくる●猿が猿を食べる●鳩が鳩を襲う●言うたやろ●おれ●気まぐれなんや●もう二度ときいひんで●たなやん●おれ●忘れてたわ●手袋●たなやん●おれ●忘れてたわ●おれの帽子●おれのマフラー●おれの●おれの●おれの●なんや●玄関のところに置いてたんや●毎日なんか忘れていくんやな●預言者ダニエルは●火のなかを●ぼくのところにまで●まっすぐに歩いてくる●凍れ●火の丘よ●凍らば●凍れ●火の丘よ●もはや●ない●けっして●ない●凍れ●火の丘よ●凍れ●火の丘よ!