負んぶ

負んぶ

高田昭子

電車の中でベビーカーに足を踏まれた
したたか痛いけれど 私は何も言わないわ
女性による女性バッシングはしない
年長者は若い人にお説教をしない
世の中が電車にベビーカーを許す時代が来たのだから
新しい一歩なのだから
 
それでも密かに思う……
「負んぶがいいなぁ。」

かつての記憶が立ち上がる
まだ歩かない幼子が目覚めて
姿の見えない母親に抗議の泣き声をあげる
その声に呼ばれて 幼子を抱きあげて
負んぶをしながら料理をする
掃除をする 洗濯物を干す 

互いの温もりを混ぜて
幼子の息づかいや声を聴きながら
私は幼子よりも安らいでいたのだろう
後ろ髪を引っ張る幼子 
「負んぶはいいなぁ。二つの手が自由になる。」

幼子は祖母にも負んぶされる
そうして祖母は若い母親の小さな時をなつかしむ
「あなたを負んぶして満州から引き揚げてきました。」
この極め台詞にはまいるぜ

一九四六年秋
二歳の私を負んぶして無事に故郷に着いたとたん
腰を抜かした母の背中から
私を抱き上げてくれたのは祖母だった
その祖母の背中が好きだった

「高田馬場です。」
電車を降りる 背中には小さなリュック
駅の売店の新聞には若者のデモのニュース
「いいなぁ。 NO WAR!」