同級生夫婦――オペラの下書きとして

同級生夫婦――オペラの下書きとして

有働薫

登場人物
 マリー・アントワネット
 ウォルフガング・モーツァルト
 テークラ・モーツァルト(従妹ベーズレ)
 コンスタンツェ・モーツァルト
 ピアノの女弟子(モーツァルトに夢中でピアノの上手な)
 ルイ18世(囚われの幼年王、亡霊)
 執事

幕の前
前口上 歴史学者の老人:
  早すぎる死を乗り越えた二人が、ずっと未来に
  天上の雲の上で再び青年に生れ変った
  ウォルフガングは6歳当時の約束を守り
  アントワネットに求婚し
  3ヶ月ほどお姉さんの同級生夫婦が誕生した
  母のマリアテレジアが結婚の祝いにハプスブルグ家の広大な領土のうち
  いちばん北の架空の1国を再婚のモーツァルト夫妻に贈与し、夫妻は晴れて
  この北の国の青く透き通った湖の畔に静かな家庭を持った。

場所 北の国の山荘、モーツァルト家の居間とレッスン室
 
時  未来
   ふたりとも40代半ば、若々しく活発であるが、じつはふたりとも死後の亡霊である。
第1幕:
モーツァルトの女弟子D嬢がレッスン室でピアノを弾いている。顔が居間とつながるドアから垣間見える。見事な演奏、モーツァルトのピアノソナタ第13番k333第1楽章のパッセージ。太った娘、むくむくした力強い腕で奥行きのある太い音を出す。
モーツアルトは部屋着で居間のテーブルで朝のコーヒーを飲んでいる。ややあって、居間とレッスン室を繋ぐドア口に寄りかかって、弟子の演奏の様子を観察する。

D嬢   (弾きながら)先生、おはようございます。お目覚めですか?起こしてしまいましたら申し訳けありません。お約束の時間が待ちきれなくて。このソナタ、いかがでしょう?ずいぶん練習してきました、先生のためでしたら一日中でも弾き続けられますよ!
モーツァルト  (微笑んで、無言、続けてと手振りで示す)
D嬢  (さらに力を込めて弾き続ける。朝の水色の陽射し)
上手階段から、アントワネットが降りてくる。部屋着。
アントワネット  ボンジュール・シェリ!もうお仕事、早いのね!
モーツアルト近寄ってほほにキス。アントワネットのほうがちょっと背が高い。モーツァルトはウエストがゆるく、やや肥満。
モーツアルト  (ささやく)ほんとに勉強熱心な子だ…
アントワネット、執事からコーヒーカップを受け取り、ブリオーシュを摘まんで、再び階段をのぼりながら。失礼して…
モーツアルト、うなずいて、アントワネットを見やり、ついでレッスン室へ行き窓辺に立って演奏に耳を傾ける。演奏続く…
暗転
居間、昼前。
ふたりがソファに寛いでいる。
モーツアルト    今日は出かけるのかい?
アントワネット   ええ、湖畔で1時から。読書会があるの、お茶のあとはお散歩。一緒に行く?
モーツアルト    行っておいで、ぼくは家にいるよ、2、3手紙を書かなくては…
アントワネット   そう、じゃ何かお花を買ってくるわ、あなたはチューリップが好きね…
モーツアルト    うん、赤いのがね… (ふざけてトルコ行進曲を口ずさむ)
アントワネット    (笑って)わかった。
(続く)