歩くひと
倉田良成詩集 旱魃の想い出から 一九七〇〜一九七五 目次前頁(風景のための悲歌) 次頁(鳥を描く)
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歩くひと



歩くひとのうえに夕映えは降りてくる
背丈よりもひくい翼
地に伏して口づけられる黒い水のために
すべての言葉(ロゴス)が したたる風景のおくでみじろぐ

めぐりゆく指紋のように睡りを蔵した季節の
まばゆくふりほどかれてゆく樹木の記憶を湛えて
夜は はるかな眼底がうけとめる

すでに尽された時を刻む瞳孔の街の底で
歩くひとは
冷酷な天使が鳴らすそらの鐘
水晶のような零時の怒涛を浴びている

胸の高さにひろがる想像のうみのふかみでは
みしらぬ獣たちが光りをあげて契りあい
嘔気にみちて炸裂する寓意の花々を
黒衣につつまれた地の由来
とおく喚ばれる幾千の沈黙の手がしずめる

ふりそそぐ予兆の矢の形のさなかで
歩くひとは
夜半に繰られる土気色の年代誌へ
熱い蝋のように点滴される他人の声を聴いている

歩くひとのうえに夕映えは降りてくる
泡立つ航跡のように追ってくる伝承のゆめ
くらい書物となって読みつくされる世界の秋に

歩くひとの背は火のようにそよぎ
うまれようとして渦巻く風の優しさの中から
とつぜん燃える頭髪をもつ一個の幼児はとりだされる


倉田良成詩集 旱魃の想い出から 一九七〇〜一九七五 目次 前頁(風景のための悲歌)次頁 (鳥を描く)

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