回想記
倉田良成詩集 旱魃の想い出から 一九七〇〜一九七五 目次前頁(撒水車) 次頁(初出一覧)
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回想記



ぼくを知るものはいない
ぼくをうながすのは深く見知られたそらの斧だ
誰もいなければぼくがその拒まれた柄を握る
ひと撃ちごとのひくい叫びは誰のものでもない
深夜までつづくまひるの労苦の船底で
みしらぬ人間からぼくがひき継ぐのは終わりのない賭けだ

未明には匿されていた窓を開ける
いっしゅん遠ざかる洪水の後から ふたたび
世界は影ふかい火皿のうちで試されている
償うものもいまはいないから
きょう ぼくは
すこしやさしく風景を罰することができる

ひそかに悩みながらぼくは乾燥を告げるのだ
ぼくの部屋は巨きく そして
帰還するものの絶えていない回想記(メモワール)のように汚れているが
それは記憶のためでなく
窓辺まで来て渦巻く遠い監視
したしいあらしのまなざしのせいだ

はげしく氾濫してまぢかのそらをふさいでいるのは夜だ
季節の巨大な排水孔が現われるよあけ
たえまなくやってくる透明な地震のなかから
すこしずつ めざめてゆく暗い掌に
懲罰ほどにもながかった真夜中が所有する
かすかな火傷を握りしめているのはぼくだ

ぼくを知るものはいない
ぼくが近づいてゆくのは深く呼吸するまひるの街角だ
夕べ世界は幻の部屋にみちる
匿されていた窓を閉じれば ふたたび
濃密な洪水の悩みのうちにすべての足音は流れ去るが
そのときぼくの身体を過ぎるのも
盗まれてきた火よりも苦い休息である


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