プロスペローのジャズ
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プロスペローのジャズ



ゆうぐれが近づくとかがみのように輝きはじめた西のほうから
風が起ってきた
ジャズ祭のさいごの日はローマの壮麗な遺跡みたいな
ここ、ドックヤードガーデンの宙(そら)にも船底にも人垣が群れて
ビッグバンドのぐるりには、さまざまな配線、楽譜、金属が入り組んで光り
渦のような風がさかんに舞った
金管によるいっせいの咆哮は、ビルの内と外、耳の内と外、この世と外側の夕空の
あらゆる境、とびら、鉄橋を震わせて海のむこうへまっすぐに遠ざかり
人形ほどにしか見えない女性パーカッションの、白くわななくorgyの横を
鷹のようなメカニックがちぎれた紙を追って走り回る
さらに輝きを増しはじめた高層ビルの西面の照り返しを浴びながら
ますます風に吹かれて透明なものになりながら
「敏生さん、見てるかい? これがおれたちの
さびしい祭りだよ、歓びや幸せで成り立っている毎日によって
いよいよ火のようにさびしい、人生というものの」*
朝からの雲は青い沖で薔薇色の泡のかたまりみたいになって消えてゆき
演奏が終われば、永劫に輝き沈みつづける西の海に
人生という夢がちいさく嬉遊しているのが見られはしないか
暴風雨(あらし)のあとの
老プロスペローのさわやかな韻を踏む口上とともに

「あの役者たちは、みんな亡霊だった。そして溶けてしまった、大気のなか、淡い大
気のなかへ。あの幻の砂上楼閣のように、雲を頂く塔も、豪奢な神殿も、この大きな
地球そのものさえ、そう、それが引き継ぐものはすべて消える。そしてあの実体のな
い壮麗な行列が消え失せたように、あとにはちぎれ雲ひとつ残らなかった。」(ウィ
リアム・シェイクスピア『テンペスト』より)
 
*詩集『僧形』などを残した詩人、夏際敏生は1997年に世を去っているが、その早い晩年のさいごの数か月、私と交流があった。ちなみに2003年10月12日演奏のこのビッグバンドの名前は、Red Rumというそうだ。



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