「あとがき」

 この本の成立は渡辺洋さんがわたしの考え方の一面を認めてくれて何年か前に一冊の本を作ろうとして実現しなかったその時の構成を元にしています。メカスさん、小川紳介さん、木村伊兵衛さん、つげ義春さんたちの表現について綴られている一連の文章を再読して、わたしは自分が関心を寄せた人たちが自己を守った生き方をしている姿に触れて、やっぱり「結局、極私的ラディカリズムなんだ」と応じたのです。「極私的ラディカリズム」って何だと思う人のために、わたしが六年前の古稀の年に書いたそのタイトルの詩を掲げます。

    極私的ラディカリズム

70年、生きてきちゃった。
もうあと10年、そこがいいとこかな。

で、極私的ラディカリズム
ってことを考えた。

わたしという存在の根元は、
身体にあるっていうことですね。

わたしが自分の身体と付き合っている間は、
わたしでいられる。

毎日、体操もしてますけど、
肝心なのは、やはり言葉だ。
身体のカオスから出てくる言葉。
言うってことです。または書くこと。
小さなことをいう。また小さなことを書く。

身体が占める空間は、
小さい。

その小さい大きさが、
いいなあ、っていう

気楽なラディカリズム、
極私的ラディカリズム。

最近はカボチャを煮てます。
牛蒡と一緒に。
とろりっとして、ごりざくっ。
これが気に入って、
時にはグリンピースも入れる。

煮掛かったところで、
気を逸らして焦がしてしまったこと数回。

焦げ鍋の底を洗う。
がりがりと洗う。

がりがりの、
極私的ラディカリズム。

手元、がりがりの、
極私的ラディカリズム。

 生きた身体があって言葉を産み出せる、その言葉の産み出し方とあり方が問題というわけです。わたしとしては、人として一つの個体であることを極点に据えるということですが、これがなかなかできないんですよね。一人では生きていけないが、表現の場では何とか個の主体性を全うしたいという思いです。
 一昨年、この「極私的ラディカリズム」を収めた詩集『声の生地』が第16回萩原朔太郎賞を受賞したので、受賞者の詩碑が建てられることになり、この詩の始めの8行を刻んで貰いました。その碑は前橋市の検察庁・観察保護所の6階建てのビルの直ぐ前に立っています。この七月に見に行って、「ラディカリズム」という言葉が建物の銘板の刻まれた検察や観察保護という言葉と皮肉な対応をしていると感じて思わず苦笑してしまいました。わたしは今や七十六歳です。すっとぼけるのが好きな割に上手くとぼけられたことがなかったのですが、これでまあいいか、という気になった次第です。ところで、時に今でも避難所というところで数ヶ月も生活している人たちのことがふっと頭に浮かび、戦災後の何もない広々とした焼け跡で自由に遊んだ子どもの頃の記憶、といっても不自由の自由を遊んだとでも言えるような記憶に引き込まれることがあります。
 渡辺洋さんを始め、書肆山田の鈴木一民さん大泉史世さん中村鐵太郎さんに直接お世話になりました。ありがとうございました。またこの数年間の足腰の病に熱心に看護をしてくれた妻の麻理さんありがとう。そして多くのお気遣いを戴いた友人知人たちの皆さんありがとうございました。
            二〇一一年九月十六日   鈴木志郎康

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