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破線の抒情 --- 春―叙情



破線の抒情


歳月は荷重を失い
つまさきだつ
概念の四季にあけくれた

唾棄された戦後の時軸を逃れ
武蔵野あたりを栖と定め
気儘な都会の西風に
おぼつかぬ生を流し

蹉跌には封印を
蹉嘆には気怠い階調を
そんな破線の抒情を踏み
花曇りの空を渡ってゆけば

温度計の目盛りは僅かにずれ
なだらかな変位に一日は果てて
空想でも事実でもない幻のうちに
聴えぬ響動(とよめ)きも熄むように思えた


  初出「VOWEL」1号(1980年)

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   春―叙情


   遠いものばかり待っていたので
   感受性の先端が
   いつもつめたくて
   つまさきだっていた。

   凍えを解けば
   むやみに花が咲く春の無節操に
   温度計が少しづつ伸びてゆく不安に
   ようやくこころが追いつくこともできる

   夜気のゆるやかな呼吸音
   花びらが開く そして閉じる あるいは萎む
   樹の 幹の 枝の 葉脈を通過する水の音
   虫の羽の蝶番のきしみ 羽と風の駆け引き
   それらの気配に調和するとき
   愛ではない 憎しみでもない
   なにものでもないものにいだかれて
   静かに咲く春のいのちになれる?



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