同じ空間で

同じ空間で

水島英己

アレクサンドリアの
玉ねぎくさい部屋。
句読点が皺や浮腫の代わりに背中の文字になる。
アレクサンドリアの
排水の悪い部屋から、あなたが出てくる。
愛人の背中に走る血をあなたは
地中海に開いた窓辺で飲みほしました。
破廉恥であった二十代を
ストイックにラコニックに記憶せよ、その背中の刺青のように、
きみたちに可能な痩せた倫理を
アレクサンドリアの
クレオパトラの美やエロスとひとしくしなさい。

神はいまだ見捨てたわけではない
作品百三十五弦楽四重奏曲第十六番ヘ長調の晩年の様式
皺が刻みこまれあまつさえ引き裂かれている
「いつも世界に対してかすかに傾いて、
身じろぎもせず立っている」人
「そうでなければならないか?」
峻厳であって、同時に情にもろい人
美しい白い花にふさわしい二十二歳の友の別れの言葉
「ぼくらのあいだはもうおしまい」
喜びにつけ悲しみにつけ、あなたは同じ空間を歩き尽くした
神話の、歴史の、魂の町であった、その筋から筋を

ここに立たせておいてくれ、
朝焼けの二重の色、紫と青がまざりあっている  空
立ち去ってゆく夜の背中
やって来る朝の名前
深い沈黙
「そうでなければならない」
欠けているのを何一つ満たしてはならない
かすかに傾いて