習作「心理」、二題 + 書き流し 酒菜1丁目1番地

習作「心理」、二題 + 書き流し 酒菜1丁目1番地

冨澤守治

プロ・メテウスへの道

わたしは静かにしているのに、騒いでいる
またも聞こえるひとびとの声

幾度か耳にした言葉たちの群れ
なだれいく群衆よりも秩序なく
肌に寒いか、あるいは汗ばんでいるのか
すべての季節と

いつでも、何十年も何百年も歴史のかなたから続いている
彼らの声は語りかけ

いつもわたしたちは応えようしたのだが
そのときにはもう聞いてくれるひともいなかった

「手遅れ」で、もうどうしようもない

たとえば、古くからいる友や恋人との話でさえ
即座に理解することはできず
記憶され記録されてから、はじめて本当のことがわかる

問い直す、そしてかくも聞く
われわれの能力のなさと不明晰さは
そのときには自らに知られることもない

なにをしよう
謝罪か、あるいは悪夢の衝動を認めようか

それで一体なにを取り戻せるというのだろう
助言者はいつも事態が崩壊してから現れる

われらは「先に考えるもの」ではない
あとから気がついている
「ヒト」というもの

「それでよいのか?」

この問いだけを残して、すべては暗闇のなかに消えていく

あやまち

すべては見たものに
あとから驚く

数え間違い、歌い違える
乱丁には幾つも原因があり

恐れを引きずり、混乱した頭で思案する

その時間はもうすでに遠く、いまも時間はどんどん過ぎていくのに
いつでもその「あやまち」のなかに戻っていく
あとから

街角
-酒菜1丁目一番地より、書き流し詩-

街角、夕暮れなどはとくにそう、街角にひとびとは群れる
しかし誰も、互いに会いたいからでもなく、むしろひとに会いたくもなく
ひとはどこかに向かい、すれ違っていく
そしてあまりにも早く、通りすぎていく

わけも知らない、携帯電話の通話やメールの電波が飛び交う、街角
破れた恋心に耐えている、悪びれた、しかもうら若い乙女は歩きまわり
うつむいてとほうにくれる男、悔しみか、疲れた怒りに力なくベンチに座る
紛れもない社会の一部

街角よ、夏は猛暑に焼かれ、冬はもう冷たい風が襲う
ヤニ臭いタバコの煙が指定喫煙場所に漂う、不快で、暑くて凍える
街角

わたしのこと

わたしもこの街角に居る。居てはいるのだが
どうしてかいつも、見かけるひとびとは現れては、消え
漂う風のように、わたしも街角を揺れ動いていく

春と夏と秋と冬
何度も、何度もわたしはこの街角を通り過ぎる
思えば、季節は大きく顔を変え
それはいつしか、時代が容貌を移していくのにも例えられる

わたしは、私は、僕は、、それ自体もそれほどの意味もないのかも
幼さも、凛々しさも、絶望も、痛みも、恋の心も
この街角を除けば
うつろいいくもの

「社会」

今日の街角は気分が悪かった
多くの疑い、多くの苦痛

すべてこの街を行くひとびとが心身ともに健康であるわけでもない
日々の暮らしは満ち足りているのか?
案外このことは誰も気がついてはいない

ひとびとはいつもなんらかのスタンダードを立て
あたかも、この街角を創る規範や約束事を、実際の生活と様式を、絶対的な君主のように
狂信者が奉る神か、神々のように考えたがる

すでに「ひとびと」をたてて考えるということ自体が
「私」も、そして大切な「あなた」でもなく
もう少し離れたちょっとは知人な、「彼」でも「彼女」でもない

他人との関係がすでに距離を失っている、本来あるべき隔たりを排除した
「私」、「あなた」の頭のなかにある、ただの「ひとびと」という概念
なんとも不快な、機械仕掛けの概念であり、妄想の築き上げた「社会」なのだ

そこではひとびとは何の苦痛もなく、生活も過不足はないだろう
どうして、そんなことがありえるのか

「私」や「あなた」は精神を偏り、人生の理念を達成することもなく
ありとあらゆる不足と不幸をかかえこんでいる
それでも「ひとびと」は、個々の個人を特定して考えようともしない

あたかも、そう、どうでもよいことのようにして

知人には

声はかけない
私は自分だけが気ままに、良ければ良いのではない

今日、帰りがけ
少しは話をしたことのあるひとに、声はかけなかった
もし疲れていたらどうしよう

あるいは具合が悪く
一刻も早く、家に帰りたかったら
どうしよう

そんなひとに
道中は長いのかもしれない