耳の家族

耳の家族

高田昭子



遠耳のおとうさんの耳の奥には
地獄の扉がある
うっかり開いてしまうと
おとうさんはムッツリとした顔になる

車のクラクションは聴こえない
自転車のベルも聴こえない
天国のような地獄の道を
トボトボと散歩しているおとうさん
世界は少しだけやさしくできているらしい

おかあさんの耳は空耳
死んだひとの声ばかり聴こえている
「おとうさま、おかあさま、
永いことお会いしていませんが お元気ですか
ぶらんこのところまでお迎えにきてください。」

晴れた秋空の
白い雲の座布団の上にいらっしゃる
おとうさまとおかあさまは
透き通った立派な耳をお持ちです
「もうすぐ会えますよ。」

わたくしは死んだふりの上手な貝の耳
時には
悪魔のような秘め事をゴクンと飲みこんで
気圧の境目を通過中

最も切実なわたくしの声は
どなたの耳も通過してしまい
喉元に戻ってくる
飲み込む・こ・と・ば