自分

自分

南原充士

1 出生

生まれたときには自分はいない

2 呼称

ぼく、わたし、おれ、わし、あっし、わい、てまえ、
何と言っても、自分に届かない
自分がなんであるかがわからないから

3 実体

五感で感じる感覚が自分なのか?
我思うゆえにわれありなのか?
無意識の部分も含めて自分なのか?

4 成長

生まれたばかりの赤ん坊が這い這いし
立ち上がり歩き回り
いつのまにか伸びた手足で走り回る

隠れたところに大きな影が差しているのを忘れてしまいがちだ

5 他人

他人がなぐられても自分は痛くないが
自分がなぐられれば死ぬほど痛い
人はどうやって他人との間の線を引くのだろう?

6 知能

読み書き計算が身についてくると
想像の世界に入っていける
筋肉や骨がしっかりしてくると
他人と自分の違いも見えてくる

7 性徴

髭が生え筋肉が発達するひと
胸がふくらみ腰がくびれてくるひと
ちょっと見では区別ができないひと

8 恋愛

それは肉体的な欲求から生まれた幻想か
あるいは実存する情念か
相手に惹かれる気持ちが錯覚だとしても
仮初の感情が実体をもたらし
相互作用が積み重なって制御不能となる

9 教育

どのようなことを大切にして
どのような生き方をしていくべきかを
どうやって見出したらよいのだろう?
どうしても自分になじめないとき
同一性障害者として生きるしかないのだろうか?

10 就職

なにもやりたくないのに
お金を稼ぐためになにか仕事をしなければならないところへ
追いやられたとき
どうしたらいいのだろう?
なんとか我慢できる仕事をさがして
食うためにはしょうがないと思いながら
毎日与えられた仕事をこなすしかないのだろうか?
そのうち仕事がおもしろくなればいいのだが……

11 転職

どの仕事も長続きしなくて仕事を転々とする
自分の顔が老いていく速さに気付くこともなく

12 結婚

どこにでもある出会いを運命的だと思い込めば
結婚するのにふさわしい陶酔状態に達したと言える
一時の熱病に目がくらむのは避けられない

13 出産

わが子の産声を聞き
しわだらけの顔を見るとき
自分のはじまりをようやくたしかめることができる

14 爆発

内圧が高まる
爆発だ

15 謎

一体なにものがひとを生み
こんなに欲張りにしたのだろう?

16 禍福

ぎりぎりまで自分の足で歩けた
暴走車がひとびとを撥ねた

17 満足

表情や態度を見ればわかる
不平不満を言い続けたところで

18 成功

名もなく貧しく美しくもなかったが
この上なく気立てのいい伴侶を得た

19 病魔

予兆もなく取りつかれて
加持祈祷に頼る気持ちも皆無ではない

20 繁閑

寝る暇もないほど忙しいことがあるが
やることがなくて呆けてしまうこともある

21 運勢

手相を見てもらったりおみくじを引いたりする
どこにもよりどころはないが
運不運があると信じている

22 外界

とにかくやかましい外界
テレビに映る戦闘場面や事故現場が
たしかな現実だと思えば
うっとうしさに塩たれてしまう

23 社会

嫌でも逃げることはできない
わずらわしいことはいっぱいだが
喜びもまたそこからしか生まれない

24 苦楽

思考停止が至上の快楽だ
思い煩いから放たれて

25 祝祭

ともあれ祝おう
誕生 入学 就職 結婚 還暦
祝祭が人生を彩る

26 老衰

老いは避けられないとわかっているのに
心身の衰えはひどくいまいましく腹立たしい

27 臨終

覚悟はできただろうか?
答はついに返ってきたためしがない

28 死去

死は終点だが
死後の始点でもある

29 別れ

ついにこの日が来ましたよ
みなさんお世話になりました
はいさようなら