Jan 12, 2008

骸骨人厭々日録2004

2004年2月



2004/2/26(thu)

失業     足立和夫


今日もおとなしく寝て
今日もおとなしいままに起きる
くりかえされる鈍色の日々
ふとんが住処となって
何ヶ月たつだろう
まぶしい太陽の世界
目玉が痛む
夜の闇の降臨は
ぼくのこんがらかったからだを
ほどいてくれる
会社からどのくらい遠くなったか
あんがい近いかも
もうお近づきになりたくはない
獰猛な睡魔の力に吊るされるのが
とりあえず正しい
こころも惰眠の底で落ち着いている
ぞんぶんに休息するがいい
将来の展望ってなにかな
わからなくても別に困らないか
アスパラガス茄子たまねぎサツマ芋
野菜を電子レンジでチン
無口な夜の底まで
静かに落ちていく
なにもかも許されるように
真夜中に沈む静謐な街にしみていく
からっぽの世界の暗さには
冷えびえした異物の光があった
いまは何もしゃべらなくていい
ただ見てればいい
人通りの絶えた夜道の先にみえる
ラーメン屋の神に
会いにいこう



初出『Lyric Jungle』5号 2003年1月20日発行



2004年3月


2004/3/26(fri)

パスカルの『パンセ』

学生の頃、愛読していたが、この20年くらい読んでいない。
この間、MP会で森岡正博氏のフィロソファーリーディングを聴いていて、さまざまなことを想った。たとえば、

「無限の空間の永遠の沈黙がわたしを恐怖させる」

この脳に強く刻印される言葉は、だれでも知っているだろう。いまのわたしは、こう言い換えている。

「無限の存在の永遠の沈黙がわたしを恐怖させる」と。


2004/3/25(thu)

引用。。。

野矢茂樹訳ウィトゲンシュタイン『論理哲学論考』(岩波文庫)から。

 六・四四「神秘とは、世界がいかにあるかではなく、世界があるというそのことである」

美しい言葉だ。あらゆる神秘主義が排され、ほんとうの神秘が示される。
この神秘は、おおくの子供たちが人知れず感得し、自分の親に訊ねて困らしているのではないだろうか。拙く幼い言葉で。。。 小さな哲学者たち。。。
わたしも「小さな哲学者たち」のひとりだった。答えがないのが応えなのか、と思っていた。存在の恐怖に怯えを覚えた。
この恐怖について、おおくの大人は忘れているらしいことに、思いをめぐらせる。。。なぜだろう。。。



訂正。。。

「存在の恐怖に怯えを覚えた」
      ↓
存在に怯えを覚えた。


2004/3/21(sun)

「存在の起源」なるものも、無い可能性もある。いや、可能性は大きいだろう。
むろん、宇宙の存在は存在の一部分であろう。
存在は、ただ在るだけであろう。
まさに、存在理由(があるとしても)には言葉は届かない。言葉の限界が世界の果ての岸辺である。
人間は、その岸辺で果てしない存在の海をながめるしかない。そこまでである。


2004/3/17(wed)

ひとつの結論

存在の起源について、いかなるものも、わかることができない。
この事実は驚愕すべきことだ。


2004/3/11(thu)

影のダンス       足立和夫

部屋のなかから
そとの舗道に出る
まぶしい光の真ん中で
影が這ってくる
それは闇のかけらだ
影は死の模様なのか
青梅街道を走る車が
すぐ脇をたくさん過ぎ去っていく
死に限られた生命にのみ
時間の流れがある
死のないものに
時はない
生まれたときに
時間は流れ始めるのだ
舗道のうえで
静かな動きで
影は死のダンスをしている
モノたちに
終わりがあるなら
それまでは時間が動いている
ぼくのまえを横切る
子供たちの自転車が三台
やはり影が追って
ダンスをしている
世界が美しいのは
死に向かっているからだ
そう 死に至れば
時間というものは
消滅する
ぼくは奇妙な確信に
たどり着いた
その一瞬 すべては美しく輝くことを
すべてはなくなることを


初出『Lyric Jungle』4号 2002年10月30日



2004年4月


2004/4/13(tue)

ひとつの感想。。。

50年以上も生きてきて、人に殺意を抱いたり、憎悪を覚えたりしたことがない、と言えるのは相当な世間知らずであろう。とうてい「人生の機微」がわかるとは思えない。
わたしのようなお人好しでも、それはないよ、と困惑してしまう。
無菌室のような隔離された人間関係だけで生きてきたのだろうか。。。



2004年5月


2004/5/9(sun)

アスファルト      足立和夫

コンクリートの部屋の
ドアノブを回すようにひねり
押しあけてそとに出る
湿った薄暗い廊下
頭をゆっくりまわし
天井のようすを見た
いく本か蛍光灯が切れている
一本は切れそうな音と光が
小さな炸裂を繰り返している
孤独な悲鳴だ
そのうち静かになる
いつものこと
気にすることではない
そのまま放って
曇天の外気のなかに溶けて
アスファルトの湿った黒色に
眼を落とす
泡立つ黄色の意欲が
だんだんと収まり褪せる
残りをコンクリートが
削る
それでわかった
ぼくは
ひとのたましいを
背負うことができないことが
地面に横たわっている
コンクリートの重量で
湿った空気にくるまれて
うずくまって
囁く
昏い沈黙に降りて
姿を消す人よ
あなたがたこそ
ぼくなのだ



初出『ぺらぺら』8号(2001年2月3日発行)



2004年6月


2004/6/10(thu)

黒い実家           足立和夫



するどい逆光のなかで
黒い実家が
土煙に覆われて消えそうだ
花粉みたいな土ぼこりの風のなか
無数の細かい粉全部が
黄色く輝き
眼球にくっつくようで
まぶしい
家を囲む木々や雑草が
光りながらゆれるので
空家の窓は
暗く固く閉じたまま
沈黙する家が
粉で光る空に向かって
高く聳えている
すでに二十年は過ぎたのか
ふと緑色の郵便配達夫が
門柱のポストに
手紙を押し入れるのを見た
ぼくが出したものに違いない
ぼくは知り得ぬ理由で
動かされている
家の中から声が
地面を這ってくる
母と父の口唇が叫んでいる
(なに立っているんだ
(はやく入ったら
(まったくこの子は・・・
ぼくの口は縫われたように黙り
今の時代にもどった
鉄扉を押して
老いた父母の方へ近づいていった
いまの黒い実家は幻なのか
気持ちは落ち着いていた
やあ帰ったよというかたちで



初出『ぺらぺら』8号 (2001年2月3日発行)



2004年7月


2004/7/1(thu)

目 撃        足立和夫



天の深い闇が
始めて火傷を負ったのは
いつのことなのだろう
夢みる人間どもは
それを星の光と呼んでいる
烈しく焼きつくそうとする巨大な炎
無限の火傷の痕を
膨張する闇はゆっくり呑み込んでいく
人間どもはいずれ消えるだろう






初出『詩の雑誌 midnight press』13号 (2001年秋)



2004年10月


2004/10/4(mon)

まがる夜に 足立和夫



月の光に包まれた
廃棄物置き場が
夜のかたすみに
うかんでいる
からっぽの夜空が
逆さになれば
そこに居るものの
臭いを嗅ぐことになる
つんのめる脚がまがった
夜を蹴る足音は
警備員のからだを透る
声がどうしても眠っていく
夜にまがる声
闇をまがる音
夢の見知らぬ街跡で
ひとはまがる
ひとはゆがむ
いつもまがっているので
いつもゆがんでいる
まがる
先の暗い道に導かれ
ゆがんだ表情を
わずかに
まがりつづける
ゆがむ顔は
皺が深くなっていく
その深さを量る者は
ひとりもいないだろう
漆黒の世界のなかで
ただ息づいているだけ
自身の息づかいを聴いている
まがる夜のなかで






初出『ぺらぺら』9号(2003年10月20日発行)



2004年12月


2004/12/11(sat)

奇妙な空のなか 足立和夫


文机にころがるボールペン
紅茶カップ
お箸と皿
パソコン
こんな小物からはじまり
世界の果てまで
欠片でつながっている
苛酷な空すら
途中である
不気味なつながり
つながりの後先には
終わりがないことを
われわれは知っている
思わず
奇妙な孤独に
嘔吐する
つながりのすべてに
意味がないことに
われわれの存在にも
すべては
ただ放置されているだけ
ここも
あそこも
ただ在るだけ
ただそれだけ
なにもないところで
ぼくは
草のように
世界を喰っている





初出『ぺらぺら』9号(2003年10月20日発行)



Posted at 17:40 in nikki2004 | WriteBacks (0) | Edit
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