Feb 23, 2010

山を見ていた

18歳まで山に囲まれて育った。2000メートル級の越後三山周辺の山々。 南北にほぼ等距離で並ぶ駒ケ岳(2003) 中ノ岳(2085) それに丹後山(1809)を越後三山というのかと思う。 すぐそばにある1778mの八海山は修験道の霊場だ。酒の名前にもなっている。 一回り上の長兄達は成人の年前後に青年団で修験登山している。 「八海山から見るとおらあ家の後ろの山なんて畦みたいに低い」と。 そういうものか、どういうことか、と小学生の頭で聞いて、その時の兄と自分の姿が今も思い浮かぶ。八海山頂上からは東方に三山が、また東南尾瀬方向の山々が望めたか、とそこまで訊く知見はなかった。 丹後山の南東には平ケ岳(2141)景鶴山(2004)尾瀬沼の燧ケ岳(2346)がやはり等距離で並ぶ。尾瀬から見ると燧ケ岳が2346mもあるとは感じられない。 以上七つの山のうち、名のとおり燧ケ岳だけが火山。 我が家の正面は形の良い金城山だ。冬は真っ白。春から夏にかけて渓谷の残雪がアニメーションを演ずる。表情の変わる人の顔や動物の駆ける姿。暗号じみた幾何学形、ナゾの古代文字など。 「畦のように低い」裏山の麓、家の裏の泉を飽かず眺め、振り仰ぐ金城山。湧き止まない清水とどっしり不動の山々を見て育った。
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